Gold Night ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―
第1章 黒街 から出るための勝負
1,無法都市、黒街
「じゃあね、
「ありがと。また明日ね、
とちゅうまで一緒に下校してきた友だちに手を振って、1人、道路を渡る。
どこからか聞こえてくるサイレンの音を聞いて、これは救急車かなぁ、と当たりをつけながら、スクールバッグを肩に背負いなおした。
乾いたガムが張りついたり、ところどころなぞのシミがついているアスファルトに かわぐつが触れて、コツコツと私の足音がひびく。
「おい、どこ見てんだ、このグズ!」
「あ? んだテメェ!」
道の先で男性2人がつかみ合いを始めたのが、いやでも目についた。
こまったなぁ、と思いながら、向かいの歩道に移動して、2人の横を通りすぎる。
美容院の窓ガラスに映った自分と目が合って、すき間ができていたぱっつんの前髪を直した。
白リボンの黒いセーラー服。前に流すと胸の上あたりまであるくせっ毛の黒髪は、今日もぞんぶんにうねっている。
これでもていねいにブラッシングしてるんだけど、あちこち はねちゃうからぼさぼさに見えるのが長年のなやみだ。
しょうがないから、仕事中は髪を結ぶことにしている。
私の顔の
本日2度目のサイレンが遠くから聞こえてきて、これはパトカーだなぁ、とこの街では ほとんど影響力がないおまわりさんを思い浮かべる。
ここは
無法都市と
私は物心ついたときから黒街に住んでいるから、ちょっとぶっそうな街、くらいのイメージなのだけど。
とは言え、この黒街にも法と呼べるものがないわけじゃなくて。
この街の支配者であり、人の出入りから物の出入りまでなにもかも管理している
私たちがしていいのは、國家が許していることだけ。もし、國家に にらまれるようなことをしたら……とても口にはできないような末路をたどるっていう うわさ。
黒街に住んでいる人はみんな、國家の人々の顔と名前をしっかり覚えて、万が一にも失礼をはたらかないようにしている。
「よし。今日もがんばろ」
10分くらい歩いてきて、大きく きらびやかな建物の前に着くと、私は【
正面入り口……から入るわけには いかないから、今日もわき道を通った先にある裏口を目指してカジノに近づく。
「ねぇきみ、カジノに入りたいの?」
「え……?」
うしろから聞こえた男性の声に思わず振り返ってしまったのは、カジノの前に私以外誰もいないから。
髪を派手な赤色に染めた男性は、長袖の黒シャツにシルバーのチェーンネックレスをして、いかにもチャラそうな
「それ北高の制服だよね。何年?」
「えぇと……2年、ですけど」
この人、なんの用だろう……?
質問の
「あぁ~、遊びたい年ごろだよねぇ。でも、やめときな? 制服じゃ倍の入場料払っても通してくれないよ」
「んん……? いえ、私は……」
「
流れるように私のとなりに立った男性は、するりと私の腰に手を回してきた。
「んぇ……いえ、あの、クスリとかは えんりょしたいかな~って……」
「ぜんぜん やばいもんじゃないよ? 気持ちよーくなるだけ。きみみたいな子にはぴったりだと思うな~?」
にこにこと笑いながら、まさかのおしりをなで回されて、ひぇ、と固まる。
ど、ど、どうしよ~……っ。セクハラとか初めてされた、え、ちょっとかんべんしてほしい……。
とりあえず背中に手を回して男性の
「あ、車来た。あぶないからこっちおいで?」
「え、や、あの、離して……」
ください、と言おうとした私は、カジノの前で止まった黒ぬりの車にそこはかとなく
運転席から降りた男性は、すぐに後部ドアの前まで移動して、白い手袋に包まれた手でドアを開けた。
ていねいに頭を下げるようすからも、そこから降りてくる人がただ者ではないとわかるけど。
黒街に住む人なら誰もが知っている、
「く、
この世のすべてに興味がなさそうな、冷たいグレーの瞳がこちらを見る。
私の腰を抱くチャラそうな男性の手から力が抜けたことに気づくと、やった、と内心でよろこんだ。
「結花」
「あ、はい!」
ぱっちりと開かれたところを見たことがない切れ長の瞳に、スッと筋が通った鼻、一生口角が上がることのなさそうな薄い唇。
恐ろしいほどの
「うちの従業員に、なにか?」
「え……す、すみませんでしたっ!!」
チャラそうな男性は一瞬で
「すみません、すみません」と何度もアスファルトに頭をぶつけるようすは、見ていてちょっとこわい。
「始末しておけ」
「かしこまりました」
帝さんにぼそっと命令された運転手さんは、土下座している男性に近づいて、横道へ引っぱっていった。
「ひぃぃっ、すみません! すみません!」と男性からもれる悲鳴は、耳をふさぎたくなるほど
やっぱりちょっとぶっそうな街だなぁ、と思いながら、私はとなりに立つ帝さんの横顔を見上げた。
「ありがとうございます、帝さん」
「いや」
帝さんは私を見ることもなく、肩から手を離す。
やはり気だるさがにじみ出た
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