Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第2章 ドロップハートの攻防戦(こうぼうせん)

6,進む関係

約2,600字(読了まで約7分)


Side:(くに)(みかど)


「あ、あ……」


 これ以上はないだろう、というほど顔を赤くして、おそれもなにもない無垢(むく)な目を大きく開いた結花(ゆいか)が、言葉にならない声をもらす。
 後頭部をつかまえたまま、気安く俺に向けられることがないその新鮮(しんせん)な表情をながめていると、正しいキスを教えたばかりの唇がふるえた。


「~~っ、し、失礼しますっ!」


 裏返った声でそう言って、一歩あとずさった結花をそのまま逃がせば、脱兎(だっと)のごとく部屋を飛び出していく。


「……」


 子どもだましの手品に始まり、自分でえらんだという花束を渡してきたり、帰りの車で助手席に隠れておどろかせようとしてきたり。
 ドロップハートの攻略として、外したことばかりしてくる結花が、ようやくストレートな行動に出たかと思えば、自分の失敗に気づかず。


(みかど)サマ、俺です」


 扉をノックした(れん)を部屋に通して、デスクの前にもどった。
 イスに腰かけて、中断した書類の確認を再開する。


「ゆいちゃん、俺の顔も見ずに走っていきましたけど。今日は なにをしてくれたんです?」

「……キスをさせろと」

「……へぇ」


 廉の声がにやついたものに変わった。


「ゆいちゃんはおもしろい子ですよねぇ。多少は退屈しのぎになるんじゃないですか?」

「……」


 たしかに、あの突飛(とっぴ)な行動はすこし気がまぎれるが。


「その顔は多少ならって感じですね。帝サマ、ゆいちゃんともっと近くで生活してみてはいかがです?」

「……家に住ませてるだろう」

「あんなすみの部屋じゃなく。ほら、帝サマのとなりの部屋とか、空いてるじゃないですか」


 家の人間が勝手に用意した、“女”用の部屋か。
 あれを使う気はないが……。


「ゆいちゃんにもその意識が生まれて、予言が動き出した。できることは ぜんぶやりましょうよ。帝サマに死なれちゃあこまるんですから」

「……」


 予言、か。
 結花が予言のとおりの存在だとは思えないが……勝負に負けてここに残ることになった以上、その日までようすを見ておくのもわるくはない。


「そうそう、春日野(かすがの)が予言のことを知っていた件ですが。どうやら やつの行動範囲(はんい)にあるカフェに(うらな)い師が現れるようで、占い師本人との接触が確認できました」

「……そうか」

「“片付けて”おきますか?」

「どうでもいい」

「わかりました、では放っておきます。俺が(くに)家の方々に にらまれたら助けてくださいね」


 へらりとした軽薄(けいはく)な声を聞き流して、読み終えた書類を片付ける。
 必要なものにサインをするため、デスクの上の万年筆(まんねんひつ)に手を伸ばすと、結花の顔が脳裏(のうり)に浮かんだ。
 ……もっと近くに来ることを許したら、結花はどんな顔を見せるようになるのか。

 そのことに、すこしだけ興味が湧いた。


****
Side:青波(あおなみ)結花(ゆいか)

 今日も25時まで仕事をして、帝さんと家に帰ってきたあと。
 大浴場にゆっくりと()かり、ほかほかの体をパジャマに包んで、私は自分の部屋へ帰ろうとしていた。

 本当なら、毎日せっきょく的にアプローチするくらいじゃないと、私が帝さんを落とすなんて むりなんだろうけど……。


「結花」

「ひゃいっ!?」


 聞こえるはずがない帝さんの声がして、びくっと はねながら顔を上げると、玄関(げんかん)の階段前に帝さんが立っていた。
 あわてて目視で距離を(はか)って、半径1.5m圏外(けんがい)にいそうなことを確認し、ほっと肩を落とす。
 それから、おそるおそる帝さんの顔を見て、目を合わせた。

 帝さんとキスをして、初めて帝さんがほほえむ顔を見た平々凡々(へいへいぼんぼん)な一般女子が、あれから帝さんを前にして、どきどきしないほうが むりというもので。
 チェッカーに感知されないように、ここ数日、帝さんとは半径1.5m以上の距離を(たも)つようにしている。


「ついてこい」

「え……?」


 一言口にして、階段を上がっていく帝さんをぼーっと見つめると、階段の上から振り返って見下ろされ、はっと我に返った。


「は、はい!」


 こんな時間に、なんの用だろう……?
 そう思いながらも階段を登ってあとを追うと、帝さんはちらりと私の姿を確認して、1人で廊下(ろうか)を歩く。
 しばらく帝さんの背中を離れたところから追いかけていれば、私が立ち入りを禁止されているエリアを進んでいくのが見えて、「み、帝さん」と声をかけた。


「私もそっちに行っていいんですか……?」

「あぁ」


 振り向いた帝さんは短く肯定(こうてい)して、歩みを止めずに奥へ進む。
 4年間住んでて初めて立ち入る場所に、おそるおそる足を踏み入れてあとを追うと、帝さんが2つならんだ扉の前で足を止めた。
 そのまま、帝さんは向かって左側の扉を開けて、ぱち、と真っ暗だった部屋の電気をつける。


「わぁ……」


 帝さんが部屋のなかに入ったのを見て、廊下から部屋のなかをのぞくと、お姫さまが住んでいそうな、上品でかわいらしい内装が見えた。
 特に、ベッドは天蓋(てんがい)がついていて、高そうな気配をかもし出している。
 寝てみたら、くもみたいにふかふかしてるんだろうなぁ……。


「明日からここが結花の部屋になる」

「……んぇっ!? こ、ここが私の部屋、ですか!?」


 なんでこんな高級そうな部屋に!? 私、今の部屋でも充分広くて、日々ありがたみを感じてるんだけど!?
 ぱかっと口を開けて帝さんを見ると、あの日のほほえみがうそのような無表情をした帝さんは、ベッドの向かいの壁にある扉を開けた。


「この先は俺の部屋だ。カギをかけられるのは俺の部屋からだけだが、基本は開けておく。そのあいだは俺の部屋に入ってきてもいい」

「えぇ!?」


 み、帝さんの部屋がおとなり!? しかも扉1枚でつながってるの!? その上立ち入り自由!? なんで!?


「荷物の移動は明日の日中に使用人がやる。仕事が終わったらここに帰ってくるだけでいい」

「は、はい……」


 思わず返事をしてしまってから、いや、“はい”じゃないよ?と自分にツッコむ。
 な、なんで急に部屋移動なんて……しかも、帝さんのとなりの部屋に……。


「……今日からここで寝るか?」


 帝さんはとなりの部屋に続く扉を閉めて、部屋の前から動かない私を見つめ、そんなことを聞いた。


「い、いえっ! 部屋にもどります!!」

「そうか」

「はいっ! お……おやすみなさい!」


 私は混乱を抱えたまま頭を下げて、「あぁ」という帝さんの声を背に、来た道をぎこちなくもどった。
 あ、明日から……ど、ど、どうしよう!?


ありがとうございます💕

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