Gold Night ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―
第2章 ドロップハートの攻防戦
5,唇の触れあい
「すー……はー……」
学校が終わり、
きんちょうを深呼吸でやわらげてから、コンコンコンと目の前の扉をノックする。
「おつかれさまです、
「……入れ」
「失礼します」
高級感ただよう扉を開けて、今日はデスクのうしろに座っている
デスクの上には数枚の書類が広げられている。
もう仕事中だったかな……?
「えぇと……おはようございます。出直したほうがいいでしょうか……?」
「いい。……今日はなにをするつもりだ」
しゅん、と眉を下げて聞くと、帝さんは書類をまとめてテーブルのはしに置いた。
ふかふかして座り
ドロップハートがらみだと察されているのは いいんだけど、今日学校で考えてきたことをしようと思うと顔が熱くなって、思わず視線が泳いだ。
「あ、あのぉ……ドロップハートで勝つためだったら、私がなにをしても許してもらえますか……?」
「……ものによる」
「うぅ……」
人さまの許可を取らずに勝手にしていいことじゃないし、やっぱりなにをするつもりか、ちゃんと言わないとだめだよね……!
私はぎゅっと目をつぶって、手をにぎりこみながら、いきおい任せに口を開く。
「そ、その……っ、き、キス、させてくださいっ!」
「……」
はぁぁ、言っちゃった……! もうあとに引けないよ~……!
心臓が口から飛び出そうで、閉じた目を開けられずにうつむいていると、「あぁ」と帝さんの声が返ってきた。
「んぇっ……」
え、今帝さん、“あぁ”って言った!? その返事は、キスしていいってこと!?
おどろいて目を開けると、帝さんはイスから立ち上がって、デスクに片手を置きながら私を見る。
え、え、え……っ!
「来い」
「……っ! は、はい……っ」
ほ、本当にしていいの!?
私は心臓をばくばくさせながら帝さんのもとに行こうとして、このままだとチェッカーが反応しちゃうかも、と気づき、足を止めた。
「す、すこしだけ待ってください! あの、今きんちょうしてて、ちょっと体を落ちつかせたいなって……!」
「……わかった」
帝さんの許可をもらって、しつこいくらい深呼吸をくり返し、脈拍をすこし落ちつかせる。
完全には遅くならないだろうから、ある程度のところで顔を上げて、デスクに腰かけながら待っている帝さんのもとへ近づいた。
手を伸ばせば触れられる距離、まちがいなく半径1.5m
いつか好きな人ができて、恋人同士になったらするのかな、なんてふわっと考えていたファーストキスが、こんな形になるなんて思わなかったけど。
私とちがって、まったく動じてない、無表情の帝さんを見上げ、ごくりとつばを飲む。
「……い、いいですか?」
「あぁ」
気だるげで、冷たい瞳に見つめ返され、「失礼しますっ!」とことわりを入れながら、帝さんの顔に両手を伸ばしてかかとを上げた。
触れたら ちゃんと人なみの温かさを感じる帝さんの両ほほに手をそえたまま、目をつぶって顔を寄せる。
ちゅっ、と口になにかが当たった感触がして、どきっと心臓がはねた。
恋愛小説とかだと、唇はやわらかいって言うけど、あんがい硬い感触かも。
そう思いながら、1秒後にそっと離れて目を開けると、帝さんに見つめられたままだった。
「……終わりか?」
「は、はい……失礼、しました……っ」
うぅ、帝さん、やっぱり無反応……!?
この作戦もだめだったか、と思いつつ、はずかしいからすぐに退散しようと背中を向けると、腕をつかまれて、ぐいっと引きもどされる。
「へ……?」
「キスは、こうやってするものだ」
帝さんがそう言って、気だるげな
てん、てん、てん、と思考がフリーズして、数秒後に離れた帝さんの顔が、やっぱりおそろしいくらい ととのっているなぁ、と別のことを考える。
「……
「え……?」
帝さんが私の手を取って、私の人差し指を帝さんの唇に押し当てた。
鼻……? え、私、いきおいあまって鼻にキスしちゃったの!?
初めてだからってはずかしい失敗を!と赤面していると、帝さんの左手が私の後頭部を抱き寄せて、顔の距離をちぢめていく。
わ、わ、とあわてて目をつぶれば、――唇同士が重なったのがわかって、さっきの比じゃないくらい心臓がはげしく動いた。
キスって、ものすごく、どきどきする。
10分くらいはキスをしていたような気持ちで、そっと離れていく感触につられて、おそるおそる目を開けると、帝さんと視線がからんだ。
1秒前までキスをしていたんだと思うと、目の前にある瞳を平常心で見れなくて、完熟トマトになれそうなくらい、顔が真っ赤になったのを自覚する。
「……」
その瞬間、私は信じられないものを目撃した。
ずっと変わらなかったものが、ふっと変化した瞬間。帝さんの表情がゆるんで、すこし口角が上がる。
気だるさのにじんだ そのほほえみは……それはそれは、
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