Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第2章 ドロップハートの攻防戦(こうぼうせん)

3,(みかど)の気を引くアイデア

約2,500字(読了まで約7分)


 (みかど)さんに手品をひろうしてしまった翌々日。
 月曜日でありつつも祝日の今日は、いつもより心なしかお客さまが多いのだけど。


Place(プレイス) your(ユア) bet(ベット). どうぞ、お好きな場所にチップを置いてください」


 ホイールヘッドをつまんで反時計回りに回してから、テーブルについたお客さまに()けを始めてもらい、視界のはしで動くワインレッドを見る。
 ここではワインレッドのスーツがお決まりの格好(かっこう)である帝さんは、今日も恋とは無縁そうな顔でカジノフロアを歩き回っていた。
 ドロップハートを始めてから、帝さんにいつもと変わったことをされるようになった、なんてことはなく。


Spinning(スピニング) up(アップ)


 私は白い球を時計回りにルーレットへ投げ入れてから、ふたたび ちらっと遠くにいる帝さんを見る。
 せっきょく的に話しかけに行ったり、思いつくかぎりの変わったことをして帝さんの関心を買おうとがんばっているのは、私のほう。


No(ノー) more(モア) bet(ベット). チップを置くのをやめてください。これ以降、チップにお手を触れないようお願いいたします」


 でも、帝さんが無反応なこともあって、なんだか空回(からまわ)ってる気がするんだよねぇ……。
 次は なにをしたらいいかなぁ……。
 ため息がもれそうになるのをこらえて、帝さんの姿を目で追っていると、帝さんはバーに近づいて、バーテンダーさんと話し始めた。

 口が動いてるようすくらいしか見えないけど、そこに、今日は漆黒(しっこく)のドレスを着た歌姫さんが近づいていって、会話に混ざり始める。
 そうだ、私がバーテンダーさんのまねごとをして帝さんにお酒をふるまったら、おどろいてよろこんでくれるかな?
 からん、と球が落ちる音が聞こえてルーレットに視線をもどすと、赤の9が今回の当たりマスだった。


「よし……」


 お客さまの小さな声を聞きながら、マーカーをレイアウトの上に置いて、赤の6をふくまない場所に賭けられていたチップを回収する。
 それから、今回の賭けに勝ったお客さまへ、配当金を頭のなかで計算してチップを用意し、払いもどしていった。
 賭け金の処理が終われば、また新たにゲームを始める……ところだけど、テーブルに近づいてきた制服姿の女性を見て、お客さまに一礼する。

 交替(こうたい)に来たディーラー仲間さんと入れ替わるようにルーレットのテーブルを離れて、私は愛想よくカジノフロアの出入り口へ向かった。



「あれ、(れん)さん。おつかれさまです」

「よ~、おつかれ、ゆいちゃん」


 玄関(げんかん)ホールを通り抜けて従業員用通路にもどってくると、セキュリティールームのほうから廉さんが歩いてくる。
 どうしたんだろう?と首をかしげれば、廉さんはへらりと笑って私の前で足を止めた。


「いつもの忘れただろ。じきじきにチェックしに来ましたよ」

「いつもの……? あっ」


 廉さんが手のひらを見せる動きをしたのを見て、そういえば忘れてた、と交替のときに必須(ひっす)の動作を思い出す。
 ディーラーはチップを隠し持ってないか、っていうのを監視(かんし)カメラに見せるために、両手を突き出して手のひらを合わせなきゃいけないんだよね。


「思い出したか~? はい、じゃあ手ぇ出して」

「はい……ごめんなさい」


 しょも、とあやまりながら両手を出して、廉さんに、手や、そで口をチェックしてもらった。


「仕事中もずっとよそ見してたよなぁ。帝サマの攻略にはそんなに苦戦してるかい?」

「うぅ……なんだか空回っている気がして。だんだん、帝さんに冷たい目で見られているような気がしてくるんです……」

「はははっ、そりゃあ帝サマに飲まれてるな~」


 帝さんに飲まれてる……そうなのかも。
 ここは帝さんをよく知る廉さんに、次の作戦は効果がありそうか聞いてみたほうがいいかな?
 私は、うん、と1人でうなずいて廉さんを見る。


「廉さん。次はカクテルを作れるように練習して、ひろうしようかと思ってるんですが」

「っはは、カクテル? ゆいちゃんはななめ上から来ますねぇ」


 吹き出した廉さんの反応を見るに、なかなか好感触なのでは?


「帝さんの意表、つけるでしょうか?」

「意表はガンガンついてんじゃねぇかな~。そのまま、ゆいちゃんが思いついたことなんでもやってみな。そうそう怒られたりしねぇからさ」


 廉さんは笑って、私の頭をぽんぽんとなでた。
 その言葉にちょっと自信を持てたところで、しずかだった従業員用通路に私たち以外の人の声がして、思わず振り向く。
 玄関ホールに続く扉から従業員用通路に入ってきたのは、帝さんと歌姫さんだった。


「あ……」


 場所も相まって、めずらしいものを見た、と目を丸くしていると、歌姫さんがきれいな ほほえみを浮かべて帝さんの腕に触れる。
 それだけじゃなく、上目遣いで、帝さんの腕に抱きつくように そっと手を回す瞬間を見てしまって、きゅっと口を閉じながら廉さんに近づいた。


「れ、廉さん。もしかして歌姫さんも、ドロップハートを……?」


 ひそひそ、と最大限の小声で、くっつくほどに近づいた廉さんに尋ねると、廉さんはおなじく小声で答える。


「いやいや、あれはたんなるアプローチ。前々からあったけど、アーティストとディーラーはあんまり関わらないから知らなかったか」

「え……歌姫さんって、帝さんのことが好きなんですか?」


 2人から目を離して廉さんを見上げると、「いやぁ」と、廉さんは片方の眉を寄せながら半笑いを浮かべた。


「好きっつーより、(くに)家のご子息(しそく)を利用したいって腹づもり? バカなその度胸(どきょう)は認めるけどなぁ」

「帝さんを、利用……?」


 まったく ぴんとこなくて首をかしげれば、「ゆいちゃんはかわいいねぇ」と廉さんに頭をなでられる。
 廉さんのそのコメントもよくわからないけど。
 2人に視線をもどすと、ぐうぜん歌姫さんと目が合って、にこりときれいに笑いかけられた。

 歌姫さん、やっぱり美人だなぁ……。


「ま、ゆいちゃんは飯食ってぞんぶんに(きゅう)けいしてきな」

「あ、はい……」


 通路の反対側に歩いていった2人の姿を見ながら、廉さんにうながされて、私はスタッフルームへもどった。
 あんなにきれいな人がアプローチしても無表情なのに、私がなにかしたところで、帝さんの心を落とすことなんてできるのかな……?


ありがとうございます💕

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