Gold(ゴールド) Night(ナイト) ―退屈をもてあました男は予言の乙女を欲する―

第1章 黒街(くろまち)から出るための勝負

12,外に出たい理由

約2,000字(読了まで約6分)


 せっかくチケットを買えたのに、手放さなきゃいけないんだ。
 (はく)ツキくんのライブ、行きたかったな……。
 そんなことを考えていると、じわじわと視界がゆがんでいって、瞳から(なみだ)がこぼれた感触がする。

 あれ……たしかにショックだけど、そうかんたんに黒街(くろまち)からは出れないってわかってたのに、なんで泣いてるんだろ……?
 もしかして久しぶりにお兄ちゃんと話せるかもとか、初めてお父さんと会えるかもとか、ちょっと考えてたせいかな。
 仮面の内側に涙がたまっている感触がして、これ以上仮面をぬらさないように、頭からゴムひもを外し、内側をセーラー服のそでで()いた。


「ごめんなさい、ちょっとぬれちゃいました……」

「……」


 仮面を返すと、(みかど)さんは片手で仮面を受け取ってから、止まらない涙を手の甲でぬぐっている私を見る。


「……4年間大人しくしてたのに、どうして今になって外に出たがる?」

「えぇと……推しの、好きなVライバーのライブを観に行きたくて。だめもとだったんですけど、チケットを買えたから、もっと行きたくなって」

「……」


 聞かれたことに答えると、帝さんが無言で私を見つめた。
 表情は変わってないけど……も、もしかしてあきれられてる!?
 みんなが外に出たがる理由って、家族に会いたいとか、ここの生活にいや()が差したとかだもんね!?


「んやっ、ちょ、ちょっとはお兄ちゃん元気にしてるかなとか、お父さんに会ってみたいなとか思いましたよ!?」

「……」

「でも博ツキくん、あ、博戯(はくぎ)ツキくんって言うんですけど、彼もすごく魅力的(みりょくてき)なVで! びっくりするくらいの強運とか、でも理性的な思考とか」


 私は推しの魅力をわかってもらうべく、帝さんに詰め寄ってまくしたてるように語る。


「とにかく凄腕(すごうで)のギャンブラーなんです! それでいて雑談を始めるとほのぼのした性格が出て、世間知らずと言われるところにはすごく共感するというか!」

「……博戯、ツキ」


 帝さんがぼそっと博ツキくんの名前をくり返したのを聞いて、興味を持ってもらえた!?とテンションが上がった。
 もし帝さんと博ツキくんの話ができるようになったら、私、うれしすぎて1日中顔がゆるみっぱなしになるかも。


「は、博ツキくんって男性ファンも多いんです! よかったら切り抜き動画見てみますか!? ゲームのなかのカジノで遊んでる動画とかもあるんですよ!」


 涙も乾いて、今すぐスマホを取ってこようか、とうずうずしてスタッフルームがあるほうを見る。
 帝さんに“スマホを取ってきます”とことわりを入れようとした矢先、帝さんが「見ない」と冷たく答えた。
 がんっ、とショックを受けた私を見つめて、帝さんはさらに口を開く。


「そんなに外に出たいなら、もう一度だけチャンスをやる」

「……えっ?」


 チャンス? 今、“チャンスをやる”って言った!?
 大きく目を開いて帝さんを見つめると、帝さんは「その代わり」と気だるげな声で()げた。


「ゲームは“ドロップハート”限定だ」

「ドロップ……ハート?」


 ぱちぱちとまばたきをして、どこか聞き覚えのあるそのゲームについて必死に記憶を掘り返す。
 たしか……うちのカジノにある特殊(とくしゅ)なゲームとして、研修してるときに説明を聞いた覚えが……あるような、ないような。
 担当場所からなかなか動くことがないからでもあるけど、そんな“特殊”なゲームで遊んでるところなんて、ぜんぜん見かけた覚えがないんだけど……?


「……すみません、帝さん。あの、ドロップハートって、どんなゲームでしたっけ……?」


 まったく詳細(しょうさい)を思い出せなくて、がっくりと肩を落としながら、帝さんをおずおずと見上げた。
 カジノにあるゲームの内容を把握(はあく)してないなんて、従業員失格だよ~……!
 自責の念にかられて泣きたい気持ちでいると、帝さんが通路の先に体を向けて たんたんと答える。


「女好きだった先代の支配人が作った、対支配人の特殊なゲームだ」

「対、支配人……?」


 その言葉を聞いて、たしかに昔、“ドロップハートっていう対支配人の特殊なゲームもある”とだけ説明を受けた記憶がよみがえった。
 女好きだった先代の支配人が作った、って……え、どんなゲームなんだろう?
 帝さんが提案(ていあん)するくらいだから、セクハラみたいな内容じゃないよね……?

 通路の先に向かって歩き出した帝さんについていきながら、私はドロップハート、ドロップハート?と首をかしげる。
 どんどん通路の奥へ奥へと進んでいく帝さんが足を止めたのは、ゲームに使う備品の予備なんかが置いてある倉庫の前だった。


「ゲームの目的は、“相手の心を落とす”こと。自分に対して恋愛感情を(いだ)かせたほうの勝ちだ」

「――えっ!?」


 倉庫の扉を押し開けながら、帝さんが口にした言葉におどろいて、私は目と口を限界まで開いた。
 恋愛感情を抱かせたほうの勝ちって……それ、“心を落とす=相手を()れさせる”っていうこと!?
 そ……そんなゲームがあっていいの!?


ありがとうございます💕

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