男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

6,騎士団の訓練はハード?

約2,100字(読了まで約6分)



「ショーン……かまわない、頭を上げてくれ。それよりも、名前と得意なこと、好きな料理を聞かせてくれないか?」


 自分より身分が低い新米騎士にビンタされたことなど、まったく気にしていないような明るい声が耳に入る。
 顔を上げてみたら目が笑っていなかったり……なんてことがあるかもしれない。
 私は恐る恐る背筋を伸ばして、目を伏せながら答えた。


「ショーン・ローズです。得意なことはサボ……じゃなくて、よく寝ること。好きな料理はコーンスープです」

「うんうん、いいぞ。次!」

「はい! 自分は――」


 薄目を開けてアリスター団長の顔を見ると、ほおにビンタの痕を残したまま、目を輝かせて口角を上げていた。
 うれしさをこらえきれない……というような表情に見えるけど。
 私のこと、本当に気にしてないのかな……?

 今後の人生に関わるから、(うたぐ)りぶかく団長どのを観察していたのだけど、彼は私と目が合っても、にこりと笑うだけだった。
 自己紹介とアリスター団長の演説が終わると、さっそく最初の訓練が言い渡される。


「まずは訓練場の中を10周走ってもらう!」

「「はい!」」


 きた、体力勝負の訓練……。
 あからさまにならない程度にサボりたいけど、もう1回やらかしてしまってるし。
 やっぱり想定より頑張らないと、アリスター団長に目をつけられる可能性が高いだろうなぁ……。

 訓練場の端に移動する他の団員たちに続こうとすると、「ショーン」とアリスター団長に呼ばれる。


「は、はい……申し訳ありませんでしたっ」

「いや、僕こそすまない。反省したんだ、体に触られるのがイヤな者もいて当然だ、と。これからは断りなく触れないようにする」

「いや……」


 そういうことではないのだけど。


「どんなふうに筋肉がついているのか、見たかったんだ。ショーンたちは僕の大事な部下だからな」


 苦笑いされて、先ほどまでうれしそうな顔をしていた理由が分かった。
 冷遇(れいぐう)されているとは言え、1つの騎士団を任されて、この人は喜んでいたのか。
 純粋な人だなぁ……。


「まず体をつくることが、剣士として上達するための第一歩だ。ショーンは成長の余地がふんだんにあるから、基礎訓練を頑張れ」


 イヤです。
 という本音は胸の中にしまって、私は「はい」と答えた。

 みんなが集まっている訓練場の端に合流すると、髪を短く切っている、そばかす顔の男性に声をかけられた。


「ショーンだっけ? 団長の顔にあの痕つけたのお前か? なにやったんだ?」

「いや、出会い(がしら)にべたべた触られたから……まさか団長だとは思わなかったし……」

「あぁ、あれか! 俺もやられたぜ」


 年が近そうなそばかす顔の男性は、ハハハッと笑って胸をたたく。


「でも、ショーンも繊細(せんさい)なやつだな。それくらいで顔をはたくなんて。あ、俺はトム! 男爵(だんしゃく)家の生まれだ」

「まぁ、許容範囲なんて人それぞれだし……自分も男爵家の人間だ」

「やっぱり? ローズって聞き覚えある気がしたんだよなー!」


 トムのファミリーネームはなんだったっけ……?
 誰の自己紹介も頭に入らなかったからなぁ、と思っている間にランニングが始まって、私は後尾(こうび)に混じった。
 緩くやればいいものを、みんな最初で気合が入っているせいか、速いペースで走るから、私もついて行かざるをえない。


「さっきの会話が聞こえたのだけれど、きみたち、男爵家の出なんだって? 僕もそうなんだ。ネイサンと言う、よろしくね」


 先頭、もう少しペースを落とせ……!と念じながら走っていると、横から声をかけられる。
 隣を見ると、肩まで髪を伸ばしている、細目の男性がいた。
 彼のファミリーネームも、例によって記憶にない。


「……俺も。ニック」

「あ、さっき俺のうしろに並んでた2人だな! みんな男爵家なんて奇遇だな~!」


 まぁ、貴族の中では男爵家が一番多いし。
 そんなことを思いながら、話に混ざってきたもう1人の顔を見る。
 ニックは色黒で体格がいい男性だった。
 太眉で、あごが四角い。
 ネイサンは歳が近そうに見えるけど、ニックのほうは年上に見える。


「みんな、今年から騎士になったのか?」

「おう!」

「まぁね」

「……カラスウリ騎士団にいた」

「なにっ、じゃあ先輩か! 失礼しました!」

「……いい」


 なるほど。
 20代、30代に見える男性もちらほらいたからそんな気はしてたけど、他の騎士団から異動してきた団員もいるわけだ。


「ふぅ……はぁ……」

「ショーン、もう息が上がってきたのか? 体力ないな~」

「ペースが、速いから」

「……いつも、これくらいだ」

「えっ」


 そんなまさか。
 これから毎日この速さで走らされるっていうの!?


「顔色が悪いよ、ショーンくん?」

「大丈夫、ちょっと絶望しただけだ……」

「いや、それ大丈夫じゃなくないか!?」


 どんどん遅れていくのを3人に心配されつつ、私は周回遅れになりながらも訓練場を走り切った。
 手を抜かなくても訓練についていけないから、かんたんにサボれないのが辛い……!

 自分の身体能力の低さと、騎士団の訓練の厳しさをなめてた……。

 私はひざに手をついて、体全体で息を整えながら、訓練自体をサボる方向で策を練った方がいいかもしれない……と考えた。


第1章 マリーゴールド騎士団

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