男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。
5,新設騎士団の意外な団長
Side:―――
西の領地にあるローズ
そこへ訪れた1人の客人に気づいた庭師は、慌てて邸宅内へと知らせに行った。
玄関ホールへ招き入れられた客人を出迎えたのは、茶色の髪を結い上げた男爵夫人。
「ようこそ、エクルストンさま。あいにくですが、シャノンは向こう5年不在ですの」
「5年……?」
つややかな黒い髪をひとつに結んで、左肩の前に流した客人は、
細身の体を包むローブのすそからは、黒い剣のサヤがのぞいている。
「えぇ。
客人は薄い唇をかすかに開いて、視線を下げた。
「シャノン……騎士団に入るのか、お前も」
つぶやいた声は、宙に溶ける。
長いまつ毛に守られた切れ長の瞳に、強い意志を宿した客人は、「感謝します」と告げて男爵邸を去った。
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Side:シャノン・ローズ
「なんだ、このおんぼろ宿舎……」
入団試験を受けてから7日。
王城へとやってきて、数人いた騎士から配属先の騎士団とその宿舎を聞き、ここまで歩いてきたはいいものの。
私の目の前にあるのは、どう見ても“旧”とつきそうな、くすんだ石壁の宿舎だった。
どれだけ手入れがされていなかったのか、ところどころ、植物のツタが壁に張り付いている。
マリーゴールド騎士団。
今回新設された騎士団だとは聞いていたけれど……こんなに分かりやすく
「……まぁ、自分にはちょうどいいけど」
あきれながらつぶやいて、私は宿舎に入ろうと、木の扉に手を伸ばした。
そのとき、反対側から扉を押し開けられて、数歩うしろに下がる。
中から出てきたのは、太陽の光を集めたような金髪の美丈夫だった。
7日前とは違って、オレンジ色の制服を着ているけど……きらりと好奇の色を浮かべて光るアーモンドアイには見覚えがある。
「おぉ! きみは、試験のときに会った! トム、ネイサン、ショーン、それとも……」
「ショーンです……ショーン・ローズ」
「そうか、ショーンか! 僕はアリスター・カルヴァートだ。一緒に働けること、うれしく思う!」
にっこりと、人懐っこい笑みを向けられて、まぶしさに顔を背けそうになった。
心なしか、7日前よりキラキラが増してる……。
というか、“カルヴァート”?
スイセン騎士団の制服を着ていたから高位貴族だろうとは思ったけど、まさか
こんなおんぼろ宿舎を与えられる騎士団に異動なんて、明らかに
この人、相当使えない騎士なんじゃ……。
「って、ちょっと、なんですか!?」
いぶかしむ視線を隠せずにいると、カルヴァートさまは両手で私の肩に触れて、パンパンと二の腕まで下りるようにたたき始めた。
「ショーンは
「は、ちょっと、カルヴァートさまっ!」
「アリスターでかまわない。“さま”も、いらないぞ!」
にこにこ笑いながら、アリスターが私の胸と背中をたたき始めて、「んなっ!」と声が出た。
思わず整った顔に平手打ちをかますと、パシンッといい音が響き渡る。
顔が熱い。
怒りと
なぜたたかれたのか分からないとでも言いたげな、きょとんとした顔をするアリスターを見て、私は宿舎の中に駆け込んだ。
それが、そう、つい先ほどのことのように感じるのに、今は冷や汗が止まらない。
時間が経って侯爵家の人への無礼を思い出した、とかもあるけれど。
マリーゴールド騎士団全員がオレンジ色の制服を着て、小さな訓練場に集まり顔合わせをおこなう、というこの時間。
整列する私たちの前に立っている団長どのは、左のほおに手のひらの赤い痕をつけて、苦笑いしていた。
「こんな姿ですまない。僕がマリーゴールド騎士団の団長、アリスター・カルヴァートだ。みんな、これからよろしく頼む!」
まさかアリスターが団長とか思わないじゃん……っ!
顔を見ても20歳前後にしか見えないしっ。
身分的には順当なのかもしれないけど!
「まずは1人1人、名前と得意なこと、好きな料理を言ってもらおう。右の列から!」
「はいっ! トム・カーライル、得意なことは妹と弟の面倒を見ることです! 好きな料理はシチューであります!」
「ネイサン・シアーです。得意なことは……ふっ、この世の全部、かな。好きな料理はパスタ全般です」
「……ニック・ロット。得意なことは、荷物持ち……好きな料理は、ステーキ、です」
まずい、の一言が頭の中を支配して、みんなの話が耳に入ってこない。
よりによって直属の上司に、配属初日でビンタをかますなんて……。
もし騎士団から追い出されたら、男爵位をはく
そんなのイヤすぎる、せっかくお兄さまのフリをして騎士団に入ったのに……!
「……ショーン、次はきみの番だ」
「っ、申し訳ありませんでした!!」
アリスター団長に名前を呼ばれた瞬間、私は全力で頭を下げた。
左遷騎士だとしても、侯爵家の人は侯爵家の人だし、団長は団長だし。
許されるまで謝り続けるしかない!
(※無断転載禁止)