男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

7,降り(そそ)ぐ剣の代償(だいしょう)

約2,100字(読了まで約6分)



「ノア!」


 声を荒げてノアの肩をつかむと、その頭から血が流れていた。
 血の()が引いてなにも言うことができずにいると、ノアは私を見て、ふっと微笑(ほほえ)む。


「心配するな……大した怪我じゃ、っ……」

「なに、馬鹿なことを……っ! すぐ、医務室に連れていきますから!」


 我に返って、ノアの腕を自分の肩に回し、私は闘技場の中へ戻った。
 先ほどの大きな物音を聞いた騎士たちが控室の中から顔を見せたので、「怪我人です!」とノアを医務室に運ぶのを手伝ってもらう。


「ノア、ショーン!? 一体なにが……!」

「外に積んであった荷物が崩れて、大量の剣が降ってきたんです! 自分をかばって、ノアが……っ」


 控室から出てきたアリスターに説明して唇をかむと、おどろいた表情を引き()めたアリスターが、私の代わりにノアを支えた。
 アリスターたちのあとに続いて、仮設(かせつ)の医務室に駆け込むと、すぐにノアの手当が始まる。

 私の前で、ノアが血を流すなんて……!
 ふるえる手を握り込んで、じっと治療の様子を見守っていると、頭に手が乗せられた。


「大丈夫だ、ショーン」

「アリスター、団長……」


 アリスターの顔を見ると、安心させるように微笑みかけられて、唇をかむ。
 ノアの手当がちゃんと進んでいるのを見てから、私はアリスターを医務室の隅にさそった。


「どうした?」

「スイセン騎士団の騎士に、呼び出されたんです。キース団長が呼んでいるからって」

「……! そう、か……」


 アリスターが険しい顔になったのを見て、私たちを外へさそった騎士の顔を脳裏(のうり)に浮かべる。
 あの騎士を見つけたら、決闘でもなんでもしかけて、やり返してやる。
 その裏にいるであろうキース団長のもとにも、絶対に(くだ)らない。


「……きみが、無事でよかった。この件は僕が預かる。ショーンは試合に集中してくれ」

「でも……!」

「僕だって、力がないわけじゃない。実際に僕の部下が傷ついたんだ。今回は“なかったこと”にはさせない」


 無表情に静かな怒りを足したような、思わずひるんでしまう顔を見て、私は大人しくうなずいた。

 アリスターの怒った顔は怖い……確かに、そうかもしれない。


「カルヴァート団長、よろしいですか」

「はい」


 ノアの手当をしていた医師に声をかけられて、一緒に振り返る。
 年配の医師は、ノアに視線を向けて口を開いた。


「エクルストンさまの容態ですが……頭を強く打っているため、数日間、激しい運動は控えたほうがよろしいかと」

「……試合には出させないほうがいい、ということですね」

「えぇ……今日は特に、安静にしていただく必要があります」

「試合にくらい、出れる。アリスター団長、俺は――」

「今後の試合は棄権(きけん)するんだ。これは、団長としての命令だ。いいな、ノア」


 ノアが、試合に出れない……。
 唇を引き結んで、ノアの頭に巻かれた包帯を見つめると、ノアが私に視線を向ける。


「ですが、お分かりでしょう。最終戦は、特に負けるわけにはいきません」

「負けません。自分が勝ってみせます」

「ショーン……だが、」

「ノアは大人しくしていてください。スイセン騎士団には、必ず勝ちます」


 体力的に厳しかろうが、こんな、ひきょうな手を使われて、みすみす大人しくしているわけにはいかない。
 強い意志を持ってノアを見つめると、しばらく見つめ合ったのち、ため息をつかれた。


「分かった……」

「決まりだな。……処置、ありがとうございます、先生」

「いいえ」


 話がまとまったあとも、ノアは肩や背中の手当が残っていたので、私とアリスターの2人で控室に戻る。
 ノアが怪我をして試合に出れなくなった、という話をすると他の選抜メンバーは動揺したけれど……。


「ノアがいなくても、やることは変わらない。全力で相手にぶつかっていこう。大事なのは勝敗じゃなく、実力を示すことだ」


 アリスターがそう声をかけて、なんとか落ち着きを取り戻した。
 (りん)とした笑顔でみんなの顔を見回したアリスターは、「だが」と言葉を続ける。


「今回の騎士団対抗戦、スイセン騎士団との試合には、ショーンの引き抜きがかかっている」

「「え?」」

「ショーンはキース団長のもとへ行くことを望んでいない。だから最終戦は、みんなの力を合わせて、勝利を目指して欲しい」


 トムたちに顔を見られて、私はお願いするように頭を下げた。
 絶対に、スイセン騎士団には勝つ気でいる。
 でも、トムたちがより多くの相手を倒してくれたら、私の、私たちの勝利は確実になる。


「……分かりました!」


 トムが大きな声で答えると、他のみんなもつられるように同意してくれた。
 私は、ほっとして肩の力を抜き、腰の剣に触れる。

 最終戦、スイセン騎士団との試合には、私の全力を出し切る。
 そのためには……。


「ショーン、いいか」

「はい」


 アリスターに呼ばれて近づくと、肩に手を置いて、耳の横に口を寄せられた。


「アケビ騎士団との試合は、捨てていい。とにかく最終戦に向けて、体力を温存することを一番に考えるんだ」

「……」


 ささやかれた内容が、頭の中で考えていたことと同じだったから、私は深くうなずく。

 精鋭(せいえい)のアケビ騎士団とまともに戦おうとすれば、体力を奪われるだけ。
 それなら、早々に負けて、スイセン騎士団との試合に備えなければ。


第4章 人生をかけた騎士団対抗戦

(※無断転載禁止)