男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

6,対シクラメン騎士団戦

約2,500字(読了まで約7分)


 3戦目、シクラメン騎士団との試合が始まってまもなく、うちの選抜メンバー、4人目の敗北が審判によって宣言された。
 控室を出て、通路で待機していた私は、剣に触れながら歩き始める。


「悪い、ショーン……! あとは頼む」

「任せろ」


 肩を落としたトムに答えて、シクラメン騎士団、2人目の選抜メンバーの前で足を止めた。
 あとに控えているノアは誰にも負けるわけがないから、気楽に戦える。

 私が剣を構えると、審判は「始め!」と試合開始の合図を口にした。


「ふっ!」


 振り下ろされた剣を受け流して、手首を返し、ななめ下から切り上げる。
 私のカウンターに反応してガードをしてくるあたり、新人とは言え、さすがは騎士だ。

 私が身を引くと、相手は左右から切りかかってくる。
 そのどちらも受け流してから、相手の足の間に自分の足を入れ、外側に蹴り出すと、相手はバランスを崩した。


「もらった」


 ガードが間に合わないように、左のわき腹を狙って剣を水平に振ると、指3本分の間を空けて寸止めする。


「勝者、マリーゴールド騎士団、ショーン・ローズ!」

「くっ……」


 審判の宣言を聞いて剣を下ろし、ふぅと息を吐いた。

 騎士団対抗戦は、観客が上階の観覧席にいるから、ざわざわと話し声が聞こえてくるところが唯一落ち着かない点かもしれない。
 魔物相手に剣を振るうことはあっても、それを大勢の観客に見られていたことはないから。

 とは言え、その程度で遅れをとる私ではないけれど。


「よろしくお願いします」

「……よろしく」


 シクラメン騎士団、3人目の選抜メンバーが出てきたのを見て、私は剣を構えた。


「始め!」



*****

 晴れて、シクラメン騎士団との試合でも勝利を収めた私たちは、ハイタッチを交わし合った。
 これでキース団長は、1ヶ月の謹慎が確定である。
 4戦目までは1試合分の時間が空くので、自由に休みをとることになった。


「ショーン」


 選抜メンバー1人1人に声をかけて回っていたアリスターが私の前に来て、「ノアとはまだ?」と声をひそめて聞いてくる。

 まだ……というのは、ケンカしたまま?という意味だろうなぁ。
 うなずいて答えると、アリスターは控室の隅にいるノアに視線を向けてから、私にささやいた。


「僕が言うのもなんだが、2人で話して仲直りしてきたほうがいいぞ。2人はお互い、唯一の師弟(してい)だろう?」

「……聞いてくれますかね、自分の話」

「ノア先輩がきみの話を無視することはない。あの話を知った状況が悪かっただけだ」


 苦笑いするアリスターを見て、そこまで言うなら声をかけてみようかな、とノアに視線を向ける。
 ノアが私たちの婚約を知ったのは、お母さまに手紙を出した翌日のこと。
 訓練が終わったあとに、アリスターが“あの話”をしてくれたとき、うっかりノアに聞かれてしまったのだ。

 まぁ、確かに告白した相手がいつの間にか別の人と婚約していた、というのは衝撃(しょうげき)が大きすぎるかもしれない。
 その泥沼の中心にいるのが私、という点が、どうにも失笑してしまうのだけれど。

 私はアリスターに頭を下げると、ノアのほうへ近寄った。


「ノア。外で話しませんか」

「……なんの話だ?」

「例の件です。詳しく説明しますから」

「……」


 不満げな顔をしながら、ノアは私に続いて、通路へ出てくれた。
 控室から少し離れたところで足を止めると、私はノアに向き直る。


「以前も言いましたけど、あれはモバリー子爵(ししゃく)令息から婚約の打診がきたから仕方なく決めたことで」

「どうしてアリスター団長に頼ったんだ。俺にだってなんとかすることはできた」

「ノアに頼ったら、傭兵(ようへい)暮らしの逃亡生活が待っているわけじゃないですか。それよりもやっぱり、腰を()えた生活のほうが楽かなと」

「それでどうしてあんな結果になるんだ。侯爵(こうしゃく)夫人になることだって、シャノンにとっては苦でしかないだろう」

「それはそうなんですけど……ほら、アリスター団長は“シャノン”の性格を理解してるじゃないですか。なんだかんだで楽をさせてくれるかなと」


 腕を組んで、不機嫌な表情を隠さないノアに言い訳を重ねていけば、背にした壁に手をつかれた。
 ぐい、と近づいたノアが、美しい顔で私を見つめる。


「俺が一番、シャノンを甘やかしてやれると言っただろう」

「……ノアは剣を振らせようとするじゃないですか。それに、結局は、ほとぼりが冷めるまでの婚約に……」


 なったわけですし、と言おうとしたとき、視界の端に人影をとらえて、口を閉ざした。
 ノアも不満げに私から離れると、こちらに近づいてくる人物を見やる。


「取り込み中、失礼する。ヤーノルド団長がお呼びだ。外へ来てくれるか」

「……いいだろう」


 私たちに近づいてきたのは、水色の制服を着た、スイセン騎士団の騎士。
 ノアは無表情で答えると、私の背中を押して、控室に帰そうとした。


「ヤーノルド団長が呼んでいるのは、きみたち2人だ」

「……自分も、ですか」


 素直にノアに任せようと思っていたら、私まで呼び止められてしまった。
 仕方なく、ノア共々、スイセン騎士団の騎士についていくと、通路を抜けて闘技場の外に出る。


「なんの用だと思います?」

「さぁな。恨み(ごと)じゃないか」


 小声でノアと話しつつ、キース団長の姿を探せば、スイセン騎士団の騎士が、そばに積み上げられている荷物の裏へ消えた。
 そっちにキース団長がいるのかな、とのんきに思っていると、地面に落ちた影がぐらりと揺れる。


「……! ショーン!」

「え、うわっ」


 警戒するように辺りを見ていたノアがさけんだと思ったら、がばっと抱き()められて、何事かと目を丸くする。
 その次の瞬間、カランッ、ガラガランッ!と大量の金属が地面に落ちたような音が響いた。
 頭を胸に抱え込まれた私は、なにも見ることができなかったのだけれど……その音がやんで、通行人の悲鳴が聞こえたころ。

 ノアの腕が緩んで、地面に大量の剣が落ちているのが見えた。
 すべて、刃が潰れた練習用の剣だ。
 だけど、何本かには赤い液体がついていて……。


「……ノア?」

「……無事、か……シャノン」


 頭上から降ってきた声があまりにも弱々しくて、背中に悪寒(おかん)が走った。


第4章 人生をかけた騎士団対抗戦

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