男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

4,人生を変える手紙

約2,300字(読了まで約6分)



「あと7日で騎士団対抗戦かー……もう緊張してくるな」

「大丈夫さ、僕たちなら勝てるよ」

「……頑張れ」


 久しぶりにトムたちと昼食をとっていると、騎士団対抗戦の話になって、視線を隣に向けた。
 1年で最初の騎士団対抗戦は、新人のお披露目(ひろめ)という側面が強い。
 それゆえに、選抜メンバーも、1年目の新人が5人、3年目以内のリーダーが1人という構成になっている。


「どれだけ負けても、俺が全員倒すから気にするな」

「ノアさん……」

「ふっ、頼もしいリーダーです」

「自分の人生がかかってるんですから、本当に頼みますよ」

「分かっている」


 1人1戦ずつの総合結果で勝敗が決まるのではなく、勝ち続ければ1人で全員と戦うことも可能な勝ち抜き戦なのが、私たちには有利な点だ。
 2年目のとちゅうで騎士を辞めて、今年復帰したノアは、多く見積もっても3年目、少なく見積もれば2年目ということになる。
 当然、マリーゴールド騎士団の選抜リーダーはノアに決定した。

 私も選抜メンバーに選ばれているから、私とノアで3つの騎士団に勝てばいい、ということになる。
 その3つの中にスイセン騎士団を含めれば、私の将来も守られるわけだ。


「ショーン、食事のとちゅうですまないな。きみ宛に手紙が届いている」

「アリスター、団長。ありがとうございます」


 うしろから声をかけられて振り向くと、騎士団本部に寄っていたアリスターが手紙を片手に持っていた。
 頭を下げながら手紙を受け取ると、送り主の名前がお母さまのものだと分かって、げ、と顔をしかめる。


「どうした」

「……家からだったもので」

「いい知らせかもしれないだろう? 例えば、行方(ゆくえ)不明になっていた者が見つかったとか」


 にこりと笑うアリスターを見て、確かに悪く考える必要もないか、と気を持ち直した。
 内容が分からないから、人目があるところで見るわけにはいかない。
 私は「そうですね」と答えて、残りの料理をしっかりじっくり味わってから、一度自分の部屋に戻った。

 すぐに訓練が再開するから、ゆっくりしている時間はない。
 内容だけ確認して……。


「……え、なにこれ」


 封筒から手紙を取り出して開くと、理解不能な内容が(しる)されていた。
 要約すると、モバリー子爵(ししゃく)令息が私との婚約を望んでいるから、顔合わせをする20日までに、家に帰ってきなさい、とのことだ。
 私の意思はガン無視である。

 まぁ身分が上の相手からの婚約なんて断れないのが当たり前なんだけど……。


「……いやいや、20日って騎士団対抗戦の日だし……」


 帰れるわけがない、私の人生がかかっているんだから。
 でも、帰らなければモバリー子爵家の怒りを買って、うちがどんな目にあわされるか分からない。
 するとどうだろう、私が帰るはずの場所が快適ではなくなってしまう。

 それなら家に帰ってみようか?
 いやいや、そうするとモバリー子爵令息と婚約を結ばされた上、敵前逃亡でヤーノルド公爵(こうしゃく)家の騎士団に囲い込まれてしまう。
 しかもローズ家は騎士を輩出できなかったために、男爵(だんしゃく)位はく(だつ)が確定。


「終わった……私の人生、詰んでるんだけど……」


 こんな手紙一通で私を絶望にたたき落すとは、さすがお母さま。
 あるいは、ヤーノルド公爵家の騎士団で働くような女性との婚約を、モバリー子爵令息のほうが嫌がって破談になるかもしれないけれど……。
 婚約は回避できても、ヤーノルド公爵家にこき使われる人生が待っているだけだ。

 イヤすぎる。
 というか、幼いころと、遠征(えんせい)したときの2回しか会ったことがないモバリー子爵令息が、どうして成人もしてない私と婚約したがってるの?

 もう一度手紙をよく読むと、モバリー領へ私たちが遠征したときに、モバリー子爵令息は……。
 ドレス姿の私を見て一目惚れしたらしく、あれからうちに通って、私に会わせてくれと日々求めている、と書いてあった。
 とはいえ、私はローズ男爵(てい)にはいない。
 そのため、病気で寝込んでいるとか、外出中とか、理由をつけて断っていたら、とうとう婚約したいと言ってきたようだ。


「“あなたと婚約したいと言ってくださる物好きなお方なのだから、気が変わる前に婚約してさっさと(とつ)ぎなさい”か……」


 それは、私のもらい手を考えて頭を悩ませているお母さまにとっては、いい話かもしれないけれど。
 というか騎士団で5年働かなきゃいけないのに、お母さまはどうやって私に1人2役を演じさせるつもりなの。

 あぁもう頭が痛い。
 終わりだ、私の人生は終わり。
 いっそ全部投げ出して逃げてしまおうかな。

 ……いや、逃げたってお金がなければ自堕落(じだらく)な生活はできない。
 なら、私を養ってくれるというノアに頼る?
 そうすると、傭兵(ようへい)生活、確定かぁ……。
 まぁ、詰んだ人生に比べれば大分まし……。


「……ん? 待って、もうひとつ選択肢がある……!」


 身分が上の相手からの婚約は断れない。
 それはモバリー子爵家にとっても同じ。
 もし、私に子爵よりも身分が上の貴族から婚約の話がくれば……必然的に、モバリー子爵令息からの婚約は断れる!

 アリスターに婚約を申し込んで欲しいと言えば……!
 ……いや、そうすると侯爵(こうしゃく)夫人として侯爵家の管理を任されたりとか、社交界を渡り歩いたりとか、それはそれで面倒な人生が……。
 しかも高位貴族だし……必要な振る舞いと責任の重さが今までと段違い……。

 あぁ~どうしよう、ノアに頼って傭兵になるか、アリスターに頼って侯爵夫人になるか……。
 どっちもイヤなことが待っているけど、無策で騎士団対抗戦に出るよりも、騎士団対抗戦を欠席するよりも、ましな人生になる……!


「……かくなる上は」


 私は顔をゆがめながらつぶやいて、手紙を持ったまま、人生を共にする覚悟を決めたその人のもとへ向かった。


第4章 人生をかけた騎士団対抗戦

(※無断転載禁止)