男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

3,月下(げっか)の密会と交渉

約2,400字(読了まで約7分)


Side:シャノン・ローズ

 明確に決まっているわけではないけれど、それぞれの騎士団には“領域”というものがある。
 騎士団ごとに訓練場や宿舎があって、そこを起点に、活動範囲が自然とかぎられるからだ。
 (ひら)の騎士は、おいそれと他の騎士団の領域に立ち入ったりしない。

 しかし……私の目の前にたたずむキース団長は、マリーゴールド騎士団の領域へ、今日もかんたんに入ってきた。


「ショーン・ローズ。きみに話がある」

「……なんでしょうか」


 しかも、おんぼろ宿舎にある私の部屋の窓をたたいて、来訪を知らせるという奇怪ぶりだ。
 太陽の代わりに月が浮かぶ空の下でも、私の部屋からもれた光によって、その顔が(まご)うことなきキース団長だと分かってしまう。

 スイセン騎士団の大半は王都にある邸宅(ていたく)から王城に通うと聞くし、キース団長も“通い組”だろうに……どうして遅い時間までここに。


「ここでは“きみに”不都合だ。出てきたまえ。人が来ない場所で話をしよう」


 つんとあごを上げて、キース団長は薄ら笑いを浮かべた。
 どう考えてもイヤな予感しかしないけれど……断ったときにキース団長がどう行動するか分からないし、そもそも身分的に断れない。

 私は声を絞り出すように「分かりました」と答えて、誰にも見つからないよう、静かにおんぼろ宿舎を出た。

 宿舎の裏に回ってキース団長と合流した私は、長いこと歩かされて、ガランとしたスイセン騎士団の訓練場で足を止めることになった。
 確かに、夜のここなら、誰も来ないだろうけれど……。

 はぁ~、日中に来てくれれば、アリスターかノアがそばにいたのに……。
 いや、2人がずっとそばにいたから訪ねてこられなかったとか?
 ありえる。私1人のときを狙うなんて、とんでもなく悪い話に違いない……。


「ショーン・ローズがノア・エクルストンの弟子だと知ったとき、私はショーン・ローズについて徹底的に調べさせた」

「……」

「考えてみれば、報告書には気弱だと書かれていたショーン・ローズが、この私の誘いを断った時点で不審(ふしん)に思ってもよかったな」

「……なんの、ことでしょうか?」


 急になに……?
 薄ら寒くて鳥肌が立つんだけど。

 顔がひきつらないように注意しながらキース団長を見つめると、ふっ、と冷たい微笑(びしょう)を浮かべられた。


「シャノン・ローズ。女の身でありながら、ゴーレムと出会っても無傷であれるその腕、()めてやろう」


 ピシッと、体が硬直する。
 思考が停止しかけて、必死に頭を働かせた。


「シャノン……は、自分の妹の名前ですが」

「よく騎士団に(もぐ)り込んだものだ。気づかずに引き抜いていたら、私の名に傷がつくところだった」


 細められたキース団長の瞳は冷たくて、不覚にもぞくりとする。
 ……これ、弁解してもダメなやつだ。

 どうしてバレたの?
 徹底的に演技してきたのに……!


「……よく、ご存知ですね」

「この私の前で、いつわりは通用しないということだ」


 今までは、だまされてたくせに……。


「……なぜ、この事実を公開せず、自分と対話することにされたのでしょうか?」

「罪人を我が公爵(こうしゃく)家の私兵にするわけにはいかないからな。きみの秘密は秘匿(ひとく)する」


 “我が公爵家の私兵”?
 え、なに、もしかして私のことまだ諦めてないの?

 すぐにバラされなかったのは幸運だけど……弱みまで握られてるとなると、まずいなぁ。
 私は奥歯をかみながら、キース団長が口を動かす様子を見守った。


「シャノン・ローズ。マリーゴールド騎士団を辞めて、我がヤーノルド公爵家の騎士団へ入れ」

「……」


 これがキース団長からの“要求”か、と体のうしろで手を握る。
 断れば破滅が確定してる私には、一も二もなくうなずく道しか残されていないけれど……。


「……ヤーノルド公爵家は、女を騎士として迎え入れても問題ないのでしょうか?」

「我が公爵家の騎士団に、性別や年齢の縛りはない。……が、男の格好は続けてもらう」

「……そうですか」


 私は音を殺してため息をつき、キース団長の目を見据(みす)えた。


「騎士団対抗戦で、マリーゴールド騎士団がスイセン騎士団に負けたら、ヤーノルド公爵家の騎士団に入る……というのはいかがでしょう?」

「……私に、交渉を持ちかけようと?」

「はい。この条件を飲んでくださるなら、ヤーノルド公爵家に忠誠を誓って、どんな仕事でも喜んで引き受けます」


 絶対に負ける気はないけど!
 忠誠を誓うとか死んでもイヤだけど!


「自分にも人格があります。失礼ながら、脅されてヤーノルド公爵家に(くだ)るとなれば、私は決して全力を出しません」

「……いいだろう。そのときは、ノア・エクルストンをスイセン騎士団に移籍させたまえ。それが条件だ」

「……承知しました」


 どうして私が。
 まぁ、騎士団対抗戦で負けなければいい話だ。

 私は一呼吸してから、キース団長に笑顔を向けてみせる。


「キース団長、ひとつお願いがあるのですが。もし、マリーゴールド騎士団がスイセン騎士団に勝ったときは……沈黙を(つらぬ)いてくださいますか」

「さらにねだろうと言うのか。身の程をわきまえていない、強欲な女だ……」

「気に入らないのであれば、自分のことは諦めてくださってかまいません。今ここで決闘して、沈黙を守っていただきます」

「……」


 真冬の寒さよりも厳しい冷めた目に見下ろされても、笑顔を保ってやった。
 しばらくバチバチと見つめ合うと、キース団長は不意に口角を上げる。


「いいだろう。アリスター・カルヴァートが、いつ爆発するか分からない爆弾を抱えている様をながめるのもいいからな」

「……ありがとうございます」


 ハッキリ言って無茶な交渉だったけど、そうやって愉悦(ゆえつ)を刺激されているかぎりは、大丈夫そうかな……。

 私は頭を下げて、キース団長のお帰りを見守ってから、ため息を吐きつつ宿舎へと帰った。
 この取引(とりひき)のこと、アリスターやノアにも言っておかないとなぁ……。


第4章 人生をかけた騎士団対抗戦

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