男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。
12,体を温める方法
アリスター団長が一通り笑い終わるのを待つと、薄らとにじみ出た涙を
「シャノン嬢がなにを信条にしているかは分かった。だが、ゴーレムと1人で戦ったり、オーガを
「人が死ぬところも、怪我をするところも見たくないと思うのは、人間の本能でしょう? 私が剣を握れば、それは
剣を扱うことは苦じゃないし、と付け足すと、アリスター団長は優しい目をして、穏やかに笑う。
「そうか。きみの人となりを、改めて理解できた気がする」
「……」
アリスター団長に見つめられるのが恥ずかしくなって体を縮こめると、鼻がムズムズして「っくしゅん」とくしゃみが出た。
ぶるる、と肌寒さに体がふるえる。
「大丈夫かっ? こんな天気じゃ、火を起こすこともできないし……」
「仕方ないことですから……大丈夫です。っくしゅ」
「……」
日が暮れて冷えてきたし、ずっとぬれた服を着てるからなぁ……。
明日は風邪を引くかもしれない。
そうしたら、翌朝の見回りはサボれるかな。
なかなか悪くないかも。
「シャノン嬢……その、他意はないのだが。抱き
「……え?」
抱き締めるって言った?
ぽかんとしてアリスター団長を見ると、団長どのは眉を下げながら、困ったように口を開いた。
「きみを温められそうなものが、僕の体温くらいしかないんだ。緊急事態ということで、許して欲しい」
「……」
アリスター団長の体温で、私を温める。
その、抱き締められる図を想像してしまって、みるみるうちに顔が熱くなった。
「い、いえっ、風邪を引けば明日の仕事をサボれるので! あ、いえ、そういうわけではっ」
「それはダメだ! 体調を崩さなくても楽ができるようにするから、それほど寒いなら無理をしないでくれ!」
「えっ。あ、で、でも、アリスター団長に抱き締められるなんて……っ」
喜びの声がもれてしまったけれど、アリスター団長に提示された条件を思い出して、目を泳がせる。
視界の隅で、アリスター団長も顔を
「……うしろからなら、お互い、顔は見えない。それでは、ダメだろうか」
ど、どうしよう。
確かに、2人分の体温があれば温かくなるとは思う。
でも、アリスター団長に抱き締められるなんて……。
「……っくしゅん」
「っ……! シャノン嬢、許しをくれないか。寒がる女性を放っておけない」
「わ……分かり、ました」
小さく答えて体を起こすと、アリスター団長はこちらに来た。
場所を空けると、私のうしろに回ったアリスター団長は、座って、私の肩の前に腕を回す。
そっとうしろに倒された背中から、アリスター団長の体温が伝わってきて、バクッ、バクッ、と胸の内から鼓動が響いた。
「どうだろう、少しは温まるか?」
耳の横で、ひそ、と声がして肩が跳ねる。
私はうなずいて、なんとか「は、い」と答えた。
「そうか、それはよかった」
ほっとしたような声と吐息が、耳のすぐそばで聞こえる。
顔の熱を感じながら、ぎゅっと目をつぶった私は、しばらくの間、だまりこんでいた。
しゃべらなかったのは、アリスター団長も同じなのだけど……。
どうくつに響く雨音に混じって、大きな鼓動が体に響くと、アリスター団長にも聞こえてしまうんじゃないかと不安になった。
「あ、あのっ……!」
「なんだろうか?」
「いえ、あの、その……!」
どうしよう、鼓動をごまかすための話題がなにも思いつかない。
「……シャノン嬢、肩の力を抜いてはどうだろうか。僕に体を預けてくれて、かまわないから」
「は、はいっ! え、あ、でも……っ」
「ずっとこわばっていると、疲れてしまうだろう?」
そうは言っても。
この状況で肩の力を抜くなんて無理なんですけど!
「あ、アリスター、団長……っ」
「……アリスターでかまわない。僕はシャノン嬢の団長ではないから」
「え……」
アリスターと呼べと?
団長と敬称をつけることも許されず?
貴族だと知らなかったノアのときとは状況が違って怖いんですけど??
……ここは顔を見ながら“アリスター”と呼んで、
私はそう決めて、恐る恐る振り向いた。
「あ、アリスター……」
視線が交わると、一際鼓動が大きくなって、胸はドキドキと落ち着かないのに、目をそらせなくなる。
初めての感覚で、意味が分からなくて、どこかぼう然と、けれど食い入るように私を見つめるアリスターの顔を見ながら、頭が真っ白になっていった。
「……シャノン、」
私の名前を呼ぶアリスターの声を聞いて、胸の中で膨らんでいったなにかが弾けそうになった瞬間、ドォーン!と大きな音がする。
「ひゃっ」
「あ……雷、か」
近くに落ちてそうな音を聞いて、ふわふわとしていた意識がハッキリとした。
代わりに、バクバクバクッと鼓動が加速する。
び、びっくりした……。
「あの、“アリスター”でいいんですか? それともやっぱり、アリスターさまと……」
幸か不幸か、おどろきのあまり肩の力が抜けた状態でアリスターを見ると、背けられた顔が真っ赤になっていた。
「……アリスターでいい。僕も、シャノンと呼びたい」
「あ、はい、どうぞ……あの、大丈夫ですか? もう熱が出てしまったとか……」
「いやっ……先ほど、自分の気持ちに気づいてしまったんだ。すまない、他意はないと言ったのに……」
「え……?」
どういう意味だろう。
じぃ、と見つめると、アリスターは顔の位置を戻した。
その目に射抜かれて、
アリスターは、そんな私をぎゅっと抱き締めた。
「今は、シャノンを温めることに集中する。この夜が明けたら……」
続く言葉は聞こえなくて、なにを言おうとしたんだろう、と胸にもやもやが残る。
頭の片隅では、聞こえなくてよかったような気もしながら、私はその雨の夜を、アリスターの腕の中で過ごした。
(※無断転載禁止)