男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。
10,帰り際のハプニング
2人とも離れた場所にいたのに、一瞬で駆けつけてくれるなんて頼もしいかぎりだ。
これなら私が頑張らなくてもよかったかもしれない。
体に被った血が霧へと変わっていくのを感じながら、私は肩の力を抜いた。
「大丈夫です、ありがとうございます」
剣をサヤに収めて2人に笑みを見せると、アリスター団長とノアも
「トムたちも、怪我はないな?」
「「はい!」」
周りに目を向けたアリスター団長がトムたちの返事を聞いてうなずくと、雨が勢いを増してきた。
霧となって消えても残る、汚れてしまった感覚が洗い流されていくようで、私には心地いい。
「雨が強くなってきたな……みんな、帰るぞ! まだ魔物が残っている可能性もある、山を下りるまで気を抜かないように!」
「「はい!」」
「ノア、ショーン。ふもとまでの案内を頼んでもいいか?」
「分かりました」
「……はい」
この山には何回も入ったことがあるって、事前に話しちゃってるからなぁ……仕方ないか。
辺りを軽く見回りにいったアリスター団長を横目に、私は同じ3班だった魔石回収係の人に、オーガの核を渡しにいった。
そういえばこの合流地点、ひらけた空間になってて集まりやすいんだけど、山頂に向かって右のほうにそれると崖があるんだよね。
アリスター団長に話して、みんなにも一応伝わってはいるけど……実際その場所に近づいても、パッと見は崖だと分からないのが……。
危険、と思いながら崖があるほうを見ると、少し離れたところに立っている団員に声をかけたアリスター団長が、さらに奥へ足を向けていた。
「アリスター団長!」
まずいっ、あの先には崖が!
雨が絶え間なく葉をたたく音と、団員たちの話し声でかき消されたのか、アリスター団長が足を止める様子がなくて、とっさに走り出す。
あの先は崖なんだけど、狭い谷間になっていて、向かいの崖上に生えている木々が見えるから、パッと見は地続きに見えるんだ。
足元は茂みで隠れて見えないし……。
アリスター団長の背中に近づいて、思いっきり手を伸ばすと、なんとか腕をつかむことができた。
「アリスター団長っ、この先は――」
「ショーン? っ、な、ん!」
振り返ったアリスター団長の体が傾いて、団長どのの腕をつかんでいる私も、引っ張られるように前へと倒れていく。
遅かった……!
「ショーン! アリスター団長!」
うしろから発されたノアの声を聞きながら、落ちることを覚悟して、ぎゅっと目をつぶった。
「くっ……!」
空中に浮いた体が、ぐいっと抱き寄せられて、アリスター団長と2人で落ちていく。
崖と言っても、死ぬほどの高さではないから大丈夫、怖くない、と自分に言い聞かせて、“大丈夫、怖くない”を20回ほど唱えると……。
覚悟していたよりも、ソフトな衝撃が襲ってきた。
「っ……よか、った……」
そんなに痛くない!
無事で済んだことに、泣きたい気持ちで感謝していると、すぐ近くで息を吐き出す音が聞こえる。
「大丈夫か、シャノン嬢……」
「はい……あっ、アリスター団長は!?」
背中に、ぎゅっと回されている腕に気づいて、慌てて顔を上げると、いつもよりキラキラしていない笑顔を向けられた。
「あぁ、なんとか。申し訳ない、崖があると聞いていたのに……」
「いえ、パッと見では分からないので……私こそ、止めるのが遅くなって申し訳ありません」
「気にしないでくれ」
アリスター団長、声に
まさか、私をかばって大怪我を……!?
「2人とも、無事ですか! 今俺も……」
「えっ? ちょ、ちょっと待って! ノアまでこっちに来たらみんなが帰れなくなるでしょう! ノアは上に残ってください!」
頭上からノアの声が聞こえて、焦りながら止めると、アリスター団長が私の背中に回した腕を緩めた。
そして、私を上に乗せたまま上半身を起こす。
「っつ……ショーン、ここから帰る道はあるか?」
「は、はい。ここからでも、ふもとには帰れますが……雨が降るとひどくぬかるむ道があるので、雨が止んでからじゃないと……」
「そうか……ありがとう。……ノア! みんなを連れて先に帰ってくれ! 僕たちは雨が止んでから戻る!」
「……分かりました」
ノアが崖の上から離れたのを見て、私は、ほっと胸をなでおろした。
これで、ノアまで下りてくるなんていう暴挙は回避できたみたいだ。
それよりも、アリスター団長の怪我の具合が!
「アリスター団長、大丈夫ですか。どの程度怪我を……」
「大丈夫、背中を打っただけだ。アザくらいはできているかもしれないが、それだけだろう」
「そ、そうですか……あの、かばってくださってありがとうございます」
思ったよりもひどくなくてよかった。
肩の力を抜きながらお礼を言うと、アリスター団長は気持ち、キラキラっぷりを取り戻して笑う。
「当然のことだ。それよりも、このままでは体が冷えてしまう。どこかで雨宿りをしよう」
「あ、それならこの谷間を抜けた先にどうくつがあるので、案内します」
「助かる。暗いから足元に気をつけてくれ」
「はい。アリスター団長も無理はなさらず」
私たちは手を貸し合いながら立ち上がり、少しうるさいくらいの雨音を聞きながら、どうくつへ向かって歩き出した。
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