男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

10,帰り際のハプニング

約2,100字(読了まで約6分)


 2人とも離れた場所にいたのに、一瞬で駆けつけてくれるなんて頼もしいかぎりだ。
 これなら私が頑張らなくてもよかったかもしれない。

 体に被った血が霧へと変わっていくのを感じながら、私は肩の力を抜いた。


「大丈夫です、ありがとうございます」


 剣をサヤに収めて2人に笑みを見せると、アリスター団長とノアも微笑(ほほえ)み返してくれる。


「トムたちも、怪我はないな?」

「「はい!」」


 周りに目を向けたアリスター団長がトムたちの返事を聞いてうなずくと、雨が勢いを増してきた。
 霧となって消えても残る、汚れてしまった感覚が洗い流されていくようで、私には心地いい。


「雨が強くなってきたな……みんな、帰るぞ! まだ魔物が残っている可能性もある、山を下りるまで気を抜かないように!」

「「はい!」」

「ノア、ショーン。ふもとまでの案内を頼んでもいいか?」

「分かりました」

「……はい」


 この山には何回も入ったことがあるって、事前に話しちゃってるからなぁ……仕方ないか。
 辺りを軽く見回りにいったアリスター団長を横目に、私は同じ3班だった魔石回収係の人に、オーガの核を渡しにいった。

 そういえばこの合流地点、ひらけた空間になってて集まりやすいんだけど、山頂に向かって右のほうにそれると崖があるんだよね。
 アリスター団長に話して、みんなにも一応伝わってはいるけど……実際その場所に近づいても、パッと見は崖だと分からないのが……。

 危険、と思いながら崖があるほうを見ると、少し離れたところに立っている団員に声をかけたアリスター団長が、さらに奥へ足を向けていた。


「アリスター団長!」


 まずいっ、あの先には崖が!

 雨が絶え間なく葉をたたく音と、団員たちの話し声でかき消されたのか、アリスター団長が足を止める様子がなくて、とっさに走り出す。
 あの先は崖なんだけど、狭い谷間になっていて、向かいの崖上に生えている木々が見えるから、パッと見は地続きに見えるんだ。
 足元は茂みで隠れて見えないし……。

 アリスター団長の背中に近づいて、思いっきり手を伸ばすと、なんとか腕をつかむことができた。


「アリスター団長っ、この先は――」

「ショーン? っ、な、ん!」


 振り返ったアリスター団長の体が傾いて、団長どのの腕をつかんでいる私も、引っ張られるように前へと倒れていく。

 遅かった……!


「ショーン! アリスター団長!」


 うしろから発されたノアの声を聞きながら、落ちることを覚悟して、ぎゅっと目をつぶった。


「くっ……!」


 空中に浮いた体が、ぐいっと抱き寄せられて、アリスター団長と2人で落ちていく。
 崖と言っても、死ぬほどの高さではないから大丈夫、怖くない、と自分に言い聞かせて、“大丈夫、怖くない”を20回ほど唱えると……。
 覚悟していたよりも、ソフトな衝撃が襲ってきた。


「っ……よか、った……」


 そんなに痛くない!

 無事で済んだことに、泣きたい気持ちで感謝していると、すぐ近くで息を吐き出す音が聞こえる。


「大丈夫か、シャノン嬢……」

「はい……あっ、アリスター団長は!?」


 背中に、ぎゅっと回されている腕に気づいて、慌てて顔を上げると、いつもよりキラキラしていない笑顔を向けられた。


「あぁ、なんとか。申し訳ない、崖があると聞いていたのに……」

「いえ、パッと見では分からないので……私こそ、止めるのが遅くなって申し訳ありません」

「気にしないでくれ」


 アリスター団長、声に覇気(はき)がない。
 まさか、私をかばって大怪我を……!?


「2人とも、無事ですか! 今俺も……」

「えっ? ちょ、ちょっと待って! ノアまでこっちに来たらみんなが帰れなくなるでしょう! ノアは上に残ってください!」


 頭上からノアの声が聞こえて、焦りながら止めると、アリスター団長が私の背中に回した腕を緩めた。
 そして、私を上に乗せたまま上半身を起こす。


「っつ……ショーン、ここから帰る道はあるか?」

「は、はい。ここからでも、ふもとには帰れますが……雨が降るとひどくぬかるむ道があるので、雨が止んでからじゃないと……」

「そうか……ありがとう。……ノア! みんなを連れて先に帰ってくれ! 僕たちは雨が止んでから戻る!」

「……分かりました」


 ノアが崖の上から離れたのを見て、私は、ほっと胸をなでおろした。
 これで、ノアまで下りてくるなんていう暴挙は回避できたみたいだ。

 それよりも、アリスター団長の怪我の具合が!


「アリスター団長、大丈夫ですか。どの程度怪我を……」

「大丈夫、背中を打っただけだ。アザくらいはできているかもしれないが、それだけだろう」

「そ、そうですか……あの、かばってくださってありがとうございます」


 思ったよりもひどくなくてよかった。
 肩の力を抜きながらお礼を言うと、アリスター団長は気持ち、キラキラっぷりを取り戻して笑う。


「当然のことだ。それよりも、このままでは体が冷えてしまう。どこかで雨宿りをしよう」

「あ、それならこの谷間を抜けた先にどうくつがあるので、案内します」

「助かる。暗いから足元に気をつけてくれ」

「はい。アリスター団長も無理はなさらず」


 私たちは手を貸し合いながら立ち上がり、少しうるさいくらいの雨音を聞きながら、どうくつへ向かって歩き出した。


第3章 男装騎士の波乱

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