男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

7,団長への接待

約2,500字(読了まで約7分)


 当然のように、ドレス姿のまま夕飯……というより夕食会に出席した私は、食後、お母さまにワインを持たされて、とある部屋の前に立っていた。
 客間その1、今はアリスター団長の宿泊部屋である。

 お母さまの意図(いと)は分かる、接待してきなさいと言いたいのだろう。
 でも私、これでも未成年なんですけど。

 まぁ、規則違反を見逃(みのが)してもらっている身だし、ここまでするのも分からなくはない……。
 私は「はぁ」とため息をついて、目の前の扉をノックした。


「団長さま、シャノンでございます」


 声をかけると、少しの間のあと、扉が開かれる。
 私を出迎えたアリスター団長は、オレンジ色の制服を着たまま。
 湯浴みを済ませる前に訪ねたのだから当然だけれど。


「どうした?」

「ワインをお持ちしました。お休みの前に、少々いかがですか」

「ワイン?」


 困った顔をするアリスター団長を見て、「お母さまの言いつけなので、お相手させていただけますか」と言い添える。


「……わ、分かった。だが、ノアも呼んでいいか?」

「え……ノアさまは、よろしいのでは」


 私は目をそらして、やんわりと、あくまでやんわりとアリスター団長を止めた。
 だって、私にプロポーズしてきた男性だ。
 アリスター団長が一緒とは言え、夕食後にお話なんて、暗にイェスと受け取られてしまいかねない誘いをできるものか。


「……ノアとなにかあったのか?」

「まぁ、少々」


 きょとんとした顔をするアリスター団長に、ごまかして答える。
 アリスター団長は、しばらく迷う様子を見せてから、「分かった」と観念したように私を招き入れてくれた。

 グラスにワインを(そそ)いでアリスター団長に差し出したあと、ソファーに腰かけると、団長どのは香りをかぐように、グラスを揺らす。
 一口飲んだだけで、テーブルに戻されたグラスを見て、私は「お気に召しませんでしたか」と声をかけた。


「いや……明日は任務だし、シャノン嬢の前で酔っ払うわけにもいかないからな」

「お気になさらず。これはごますりなので」

「……きみは、歯に(きぬ)を着せないな」


 吹き出すように笑ったアリスター団長は、もう一口ワインを飲んでくれた。


「シャノン嬢、ひとつ聞いてもいいか?」

「はい」

「どうしてノア先輩の弟子になったんだ?」


 アリスター団長の視線を受けて、私はノアと出会ったときのことを思い返す。
 あれはモバリー領の森で半鳥人の魔物、ハーピーが発見されたと聞いて、ローズ家の人間として討伐(とうばつ)に向かったときのこと。


「私は元々、様々な騎士の動きを真似(まね)て、我流で剣を振っていました。ローズ家の者として、魔物討伐をしていたとき……」


 魔物の討伐を生業(なりわい)としている“傭兵(ようへい)”だったノアと出くわして、その場で共闘したのだけれど。


「偶然出会ったノアさまが、あまりにもお強かったので、剣の使い方を真似してみたら、魔物を倒したあとに切りかかられたのです」

「き、切りかかられたっ?」

「はい。むかつ……いえ、無礼な殿方だなと思って全力で応戦したら、負かされたあとに、自分から剣を学んでみないかと誘われまして」


 剣術なんて、わざわざ学ぶつもりはなかったのだけれど、“今より楽に魔物を倒せるようになるぞ”と言われて心が動いたんだよね。
 あのとき戦ったハーピーだって瞬殺できるって言われたし。
 実際、ノアの剣は洗練されていて、初めて見るくらいの強さだったから……。


「ノアさまに教えを()えば、魔物討伐の負担が減るかなと思って、弟子にしていただきました」

「そ、そうか……思ったより、その……強烈な出会い、だったのだな」

「まぁ、そうですね。結果的には、本当に楽ができるようになったので、ノアさまの弟子になってよかったと思っています」


 ノアは、剣の腕だけは確かだからね。
 アリスター団長はコホンとせき払いをして、気遣うように私を見る。


「シャノン嬢は、どうして剣を手にしたんだ? 傭兵には、騎士と違って女性もいることは承知しているが……」

「……お兄さまがいじめられっ子だったので。誰かが剣を振るっているところを見れば、私はすぐに真似できたので、おどかして追い払っていました」

「た、たくましいな……」


 苦笑いしたアリスター団長は、「しかし、そうか……」とつぶやいた。


「ノア先輩は、シャノン嬢の才能を見抜いたのだろうな。実際に、きみは腕が立つから……」


 私を()めつつも、アリスター団長の顔色は、さえない。
 どうやら女性が剣を持つことを、あまりよく思っていないみたいだ。
 団長どのの性格的に、それは“女のくせに”とかではなく、怪我する可能性を気遣っているだけだろうけれど。


「……お話しした通り、剣を取ったのは私の意思なので、お気になさらず。男性に嫌われるのが欠点なくらいで……」


 メリットを提示しないと嫁のもらい手がないと思っていたけれど、それもノアという変わり者がいたし。
 なんてのんきに思っていると、「そんなことはない!」とアリスター団長に言われておどろいた。


「シャノン嬢はきれいだし、魅力を感じる男は大勢いるだろう。剣の腕が立つのだって、僕は好ましく思っているし……」

「……あ、ありがとうございます」


 どうしてだろう。
 ノアに言われたときは、なんとも思わなかったのに……アリスター団長に“きれいだ”と言われると気恥ずかしくなる。
「あ、いや」と私を見たアリスター団長は、つられたようにほおを赤くすると、口元を押さえて視線をそらした。


「ドレス姿があまりにも可愛らしいから……調子が狂ってしまうな。明日から、僕がきみにショーンとして接することができていなかったら注意してくれ」

「は、はい……」


 ……顔が熱いんだけど。
 アリスター団長が、お世辞を言うような人じゃないって分かってるからかな。
 顔がいい人に褒められたせいで、胸がドキドキしてる。

 私はミーハーなタイプじゃないと思っていたけれど、認識を改めないといけないかもしれない。
 美丈夫を前にして、こんなにどぎまぎしているんだもの。

 速くなった鼓動をごまかすように、私はアリスター団長にどんどんワインを()いで、夜が()けてから部屋に帰ったのだった。


第3章 男装騎士の波乱

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