男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

6,シャノン・ローズのおどろき

約2,400字(読了まで約6分)


 気持ち、顔が赤くなったアリスター団長は、コホンとせき払いをして、「お話をお聞かせください」と仕事の話をした。
 それに答えるのは、お父さま……ではなく、お母さま。


「モバリー領に現れた魔物は、我々ローズ家の者が代々討伐(とうばつ)しておりました」

「というと、シャ……ショーンも?」

「えぇ。ある程度の年齢から、討伐に参加させております。騎士団でも役に立っておりますでしょう?」

「……はい」


 お母さまに笑顔を向けられて、アリスター団長は困ったように微笑(ほほえ)んだ。
 実際のところ、騎士になってからまだゴーレムとしか戦ってないからね……。


「特に、このローズ(てい)にほど近い山には、定期的に(おもむ)いて魔物を排しているのですけれど……」

「……先日、私が山に入ったところ、次から次に魔物が現れ、討伐が追い付かず…モバリー子爵(ししゃく)に報告して、騎士団に応援を要請いたしました」

「なるほど……魔物の種類はいかようでしたか?」

「アルミラージと、コボルト、オークの3種を確認しました。今回は見ていませんが、あの山にはオーガが出ることもあります」

「アルミラージ、コボルト、オーク、それにオーガですか。分かりました」


 アリスター団長は考え込むように視線を落とす。
 どれも私は倒したことがあるし、強い魔物ではないから、数以外、問題はないと思う。
 まぁ、マリーゴールド騎士団にとってはいい相手かもしれないけれど。

 情報共有をしたあとは、騎士団の近況や、お父さまの現役時代の話、私の様子なんかを話した。
 私は置物のように座って、相づちを打つくらいしかしなかったけれど、そうしている間に領主さまがお越しになったらしい。


「我が領へお越しくださりありがとうございます。必要な支援は惜しみなくいたしますので、よろしくお願いいたします」


 お父さまより少し年上のモバリー子爵さまと、幼いころに一度だけ顔を合わせたことがある跡継ぎの令息。
 2人がアリスター団長とノアに礼をするのに合わせて、モバリー子爵の臣下に近い私たちも頭を下げた。
 子爵は男爵より1階級上の貴族。
 最下位の男爵(だんしゃく)から、子爵、伯爵(はくしゃく)侯爵(こうしゃく)と1階級ずつ上の貴族がそろっているこの状況は、なかなか珍しい。


「魔物は我々マリーゴールド騎士団が掃討(そうとう)しますので、ご安心ください」


 モバリー子爵さまとアリスター団長が話している間、姿勢を正しながら、ひまだな、と思っていると、視線を感じた。
 ちらりと目を向ければ、なぜかモバリー子爵令息にガン見されている。
 お兄さまの1歳上ということを(かろ)うじて覚えているだけで、ほぼ記憶にない人にガン見される気まずさと言ったら。
 ひとまず目礼をしておくと、令息から、愛想をかき集めたような笑みを向けられた。

 キラキラさせているつもりだろうけれど、アリスター団長のまぶしさを見てしまうと、その格差に失笑してしまう。
 不敬だから顔には出さず、私も愛想よく微笑んでおいたけれど。


「ローズ男爵、よくおもてなしするように」

「はい」


 モバリー子爵さまがマリーゴールド騎士団へのあいさつを終えて帰っていくと、応接室での接待も一度終わりとなった。
 私はお母さまから、アリスター団長とノアを部屋へ案内するように言われて、2人を連れ、廊下に出る。


「こちらが団長さまのお部屋です。ごゆっくりお過ごしください」

「あ、あぁ、ありがとう。つかの間の時間だが、シャノン嬢も羽を伸ばして休んでくれ」

「ありがとうございます」


 微笑んで答えると、アリスター団長はぎこちない挙動で部屋に入っていった。
 団長どのも、ずっと男性だと思っていた部下がドレスを着ているから、反応に困るんだろうなぁ……。


「ノアさまのお部屋はこちらです」

「俺とは、今まで通りでいいだろう。面識があっても問題はないんだ」

「……それもそうですね。昔泊まっていた部屋を用意しているそうです。一応案内はしますけど、勝手に動いてください」

「あぁ」


 肩の力を抜いて歩くと、顔の横にノアの頭が寄せられる。


「いい香りだ。シャノンが着飾るときの匂いだな」


 ノアの声が耳のすぐ横で聞こえて、ぞくりとした。


「……あの、そうやってすぐに近づくのやめてもらえませんか」

「きれいだ。シャノンが一番美しいのは、剣を振っているときだが」


 聞いてないし……。
 美しいと言われるのが嫌味に聞こえるほど、美しく微笑んでいるノアを横目に見て、早足で歩く。


「部屋で大人しくしててください」

「シャノン」


 お腹に腕が回された次の瞬間には、うしろへ抱き寄せられていた。
 目を丸くした私の後頭部が、ぽすんとノアの肩に当たる。

 ノアのこういうところ、困るんだよね……。


「この邸宅を出てから、俺はいつもシャノンのことを考えていた。騎士をやめたら、俺と共に生きないか」

「せっかく騎士を続けられることになったのに、やめたときの話するのやめてもらえません? 縁起が悪いです」

「俺はもう、シャノンがいない生活には戻れない。シャノンと離れている間に痛感した」

「……師匠って、弟子に執着するものじゃないと思うんですけど」

「これは師弟(してい)の話じゃない」


 じゃあ、なんの話なの。
 私とノアの間に、師匠と弟子以外の関係なんて……。


「男と女の話だ。俺はシャノンに、異性としての魅力を感じている。剣を持ったシャノンは誰よりも美しい」

「……正気ですか?」

「正気だ。怠惰(たいだ)な性格も()いている。……ときが来たら、俺のもとへ来い。俺が一番、シャノンを甘やかしてやれる」


 甘くささやいて、ノアは私を離した。

 ……まさか、ノアに恋愛感情を向けられていたなんて。
 いつか誰かと結婚することになったとしても、契約結婚しかしないと思ってたのに……。
 私って、恋愛に縁があったの?

 いたって真剣におどろきながら、私は「あとは1人でいい。シャノンも部屋に戻ってゆっくりしろ」と言うノアを、棒立ちで見送った。


第3章 男装騎士の波乱

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