男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

5,モバリー領への遠征(えんせい)

約2,200字(読了まで約6分)


 貴族の身分に甘んじた怠惰(たいだ)な生活が失われる危機を、なんとか回避してから数日。
 私は馬に乗って、ローズ男爵邸(だんしゃくてい)があるモバリー領へと、マリーゴールド騎士団の面々と一緒に向かっていた。
 もちろん、これはうちの騎士団に舞い込んだ新しい任務である。
 なんでも、ナギービの森の件で罪悪感を覚えたらしいシクラメン騎士団の団長が、私への配慮(はいりょ)でゆずってくれた仕事だとか。

 モバリー領、それもうちの家近くの山で魔物が大量発生していて、騎士団が討伐を依頼されたらしい。
 お父さまがシクラメン騎士団に所属していた縁で、シクラメン騎士団が担当する予定だったところを……。
 家族に会ういい機会だと、私がいるマリーゴールド騎士団に回したみたいだ。

 まったくホームシックにかかっていない私としては、(てい)よく仕事を押しつけられたとしか感じていないけれど。


「アリスター団長、まもなく着きます!」

「そうか! 全員、速度を落とせ!」


 当然のように案内役にされた私は、先頭で手綱(たづな)を引いて、馬に走るスピードを落とさせた。
 馬車で行けば3日の道のりも、馬を飛ばせば2日で着く。
 王都を出たのが昼過ぎだったから、夕方の到着となってしまったけれど。

 街の入り口には、先行させた早馬で私たちが来るという(しら)せを受け取ったのだろう、お父さまが出迎えに来ていた。


「お越しくださりありがとうございます。私はヘクター・ローズと申します。宿をご用意いたしましたので、こちらへどうぞ」

「マリゴールド騎士団団長、アリスター・カルヴァートです。馬上からのあいさつで失礼します」


 一礼して馬に乗ったお父さまの案内で、みんなはローズ男爵邸近くの宿へ向かう。
 もうすぐ日が暮れてしまうから、山へ入るのは明日になるだろう。
 私も宿に泊まる気満々だったのだけれど、アリスター団長とノア、私の3人は、お父さまに家へ招かれてしまった。
 侯爵(こうしゃく)家の方でもあるアリスター団長と、伯爵(はくしゃく)家の出で、私と縁があるノアをおもてなしするのは分かるけど……。

 私まで呼んだのは、接待側に回れというお母さまの意向に違いない。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」


 家の玄関ホールで、気合を入れて着飾っているお母さまに出迎えられて、アリスター団長もノアも礼をする。
 自己紹介とあいさつが終わるのを待ってから、私は「母上」と声をかけて、お母さまに近づいた。
 そして、耳打ちをする。


「団長どのと一部の団員にバレました。でも、お兄さまが見つかるまで騎士団に残していただけることになりました」

「……」

「あと、団長どのがお兄さまの捜索(そうさく)に協力してくださるそうです」


 伝えるべきことを伝え終わると、お母さまはにこりと笑って使用人を呼んだ。


「シャノンに、お客様へごあいさつするよう伝えなさい。……カルヴァート団長さま、少々ショーンをお借りします」

「え、えぇ」

「え……」


 “ごあいさつ”って、まさか。
 ほおを引きつらせた私は、使用人に引きずられて自室へと押し込まれ、身ぐるみをはがれた。
 ぬらした布で、サッと体を拭かれて、特にお金がかかっている勝負ドレスを、あっという間に着せられる。
 しかも、いつの間に用意していたのか、ウィッグを頭に被せられて、パパッとメイクをほどこされた。

 このウィッグ、もしかして私が切った髪を回収して再利用したの……?
 絶対お母さまの指示だ。

 香水を吹きかけて、アクセサリーでの飾りつけまで終わると、私は観念してため息をついた。


「アリスター団長たちは応接室に?」

「はい」


 私は久しぶりのドレスに重さを感じながら、部屋を出て応接室に向かう。
 全員正体を知ってるのに、シャノンとしてあいさつするなんて、道化(どうけ)にでもなる気分だよ。
 まぁ、1人2役を演じ切るよりは楽だけど……。

 私はもう一度ため息をついて、たどり着いた応接室の扉をノックした。


「失礼いたします」


 扉を開けて応接室に入ると、アリスター団長とノア、お母さまとお父さまがソファーに座ってお茶を共にしていた。
 私はスカートをつまんで、長いこと披露(ひろう)する機会がなかったカーテシーをする。


「お越しくださりありがとうございます、団長さま、ノアさま。ヘクターの娘、シャノンでございます」

「……」

「久しぶりだな、シャノン」

「はい。その節は、兄がお世話になりました」


 ということにしておかないと。
 顔を上げると、立ち上がったノアが私に向かって歩いてきて、下ろしている髪を一束すくいとった。


「きれいな髪を、もったいないと思っていた」

「……」


 触れないで、と言いたいところだけれど、一応お客さまだし。
 文句は言えないから、微笑(ほほえ)みを返しておく。
 ちらりとアリスター団長を盗み見ると、少し目を丸くして、ぼう然とした表情で私を見つめていた。
 当然、目が合ってしまったので、目礼をしておく。


「ショーンからお聞きしました。ご恩情に感謝いたします、カルヴァート団長さま。娘をよろしくお願いいたします」

「え、あ、はい。お任せください」


 鈍い反応をしたアリスター団長は、にこりと笑ってお母さまに答えると、ちらりと私を見た。
 今まで男装をして会う人だったのに、こうやって女性として着飾った姿を見られると、なんだか気恥ずかしいなぁ……。
 それでも、今の私は男爵令嬢のシャノンだから、令嬢としての振る舞いに(のっと)って、微笑みを返しておいた。


第3章 男装騎士の波乱

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