男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

4,騎士団対抗戦の取引(とりひき)

約2,500字(読了まで約7分)


 ノアを人質にする……それなら、私を騎士団に残してもらえる可能性も高まるかも。
 女だってすぐに認めたときはどうしてくれようかと思ったけど、なかなかいいことを言うじゃん、ノアも。


「来月の騎士団対抗戦に勝つためには、俺とシャノンが必要なのではないですか」

「それは……」

「騎士団、対抗戦?」


 アリスター団長は言葉に詰まっているけれど、騎士団対抗戦に勝つことがそんなに大事なの?
 確かに、来月あたりが今年1回目の騎士団対抗戦の時期だろうけれど。

 トムたちは事情を知ってるのかな、と視線を向けると、目を丸くして首を横に振られた。


「……ナギービの森の件で、キース団長の処罰が認められなかったんだ。それで、騎士団対抗戦で、僕たちが3つ以上の騎士団に勝つことができたら……」

「スイセン騎士団の団長を1ヶ月謹慎(きんしん)させると、アリスター団長が交渉して、大臣に約束させた」

「たった1ヶ月謹慎させるだけ、なんですか……」

「それでも、なにも罰が与えられないよりは、ましだからな」


 アリスター団長は苦笑いする。
 まぁ、確かに。
 それなら、せめて騎士団対抗戦が終わるまでは、騎士団に残してもらえるかも。


「アリスター団長、」

「だが、それはまた次の機会でもいい。規則が、というのもあるが、成人もしていない女性を騎士として働かせるわけにはいかない」

「……今年中には、成人します」


 苦しいとは思いながらも言い添えると、アリスター団長は子どもを見るように笑って、表情を引き締めた。


「ナギービの森への遠征(えんせい)を覚えているだろう。騎士でいれば、これからも危険なことが沢山ある。場合によっては、命を落とすことも」

「みすみす死んだりはしません。私は誰よりも自分を大切にしています。できる範囲のことだから、騎士になったんです」

「ダメだ、シャノン嬢」


 アリスター団長と一歩も引かずに見つめ合って、奥歯をかむ。
 どうすれば私の将来を守れる……!?


「俺を手放してもかまわないということですね」

「……あぁ」


 ノアに話しかけられて、アリスター団長は目を伏せた。
 私の肩に、ノアの腕が回される。


「シャノン、もういいだろう。ローズ家は残念だが、シャノン1人なら俺が面倒を見る」

「一生ノアが養ってくれるとでも?」


 半目になってにらむと、ノアはあっさり「あぁ」と答えた。


傭兵(ようへい)暮らしも悪くないぞ」

「ノア先輩! シャノン嬢を傭兵にさせる気か?」

「えぇ。たまには運動も必要でしょう。俺がそばで守るので心配は無用です」

「は……」


 傭兵とかイヤなんだけど!
 私は怠惰(たいだ)に生きたいのに!

 ダメだ、ノアは頼れない。
 やっぱり騎士団で5年勤め上げて、自分で自分の将来を守るしかない……!


「アリスター団長! 私たちを危険な目にあわせたキース団長を野放しにしていいのですか。私が勝利を持ち帰ります!」

「シャノン嬢……だが……」


 ずい、と詰め寄ると、アリスター団長は半歩下がって、困った顔をする。


「騎士団対抗戦を(のが)せば、キース団長はまたアリスター団長に、あるいはマリーゴールド騎士団になにかしてきます!」

「う……む……」

「私が危険な目にあうのが心配なら、そんな仕事を割り振らなければいいんです。アリスター団長は全権を持っているのですから!」


 説得にサボりチャンスの種を混ぜつつ、まっすぐアリスター団長を見つめると、パッチリくっきりしたその瞳は右へ左へ泳いだ。
 かなり迷っている様子だ。


「騎士……傭兵……しかし……」


 ぶつぶつとなにを言ってるのかは分からないけれど、あと一押しな気がする。


「必ずマリーゴールド騎士団の役に立ってみせます! ゴーレムも、次に会ったときは1人で倒してみせますから!」


 ノアにやり方を教われば、私も魔石や岩を切れる気がする。
 なにしろ、ノアに教わってできなかったことはないもの。


「ゴーレム……」


 つぶやいたアリスター団長は、私を見て瞳を揺らした。
 そして、ぐっと唇を引き結ぶ。


「……分かった。シャノン嬢のことは、僕たちだけの秘密にする。これからもショーンとして、マリーゴールド騎士団にいてかまわない」

「本当ですか! ありがとうございますっ」

「ただし。本物のショーンが見つかるまでだ。再来年の入団試験までに、必ずきみの兄ぎみを見つける。以降は、令嬢に戻ること」


 それは、望むところ。
 真剣に私を見つめる目を見つめ返して、私はにこりと笑った。


「もちろんです。お兄さまを見つけたそのときは、5年間逃げ出さないように監視して、厳重(げんじゅう)拘束(こうそく)してください」

「あ、あぁ……」


 アリスター団長は口元を手でおおって、少し顔を背ける。

 うん……? ほんのり顔が赤いような。


「俺が嫁にもらうというのに……わざわざ大変な道を選ぶとは、シャノンらしくもない」

「は? イヤです、伯爵(はくしゃく)令息だったときならともかく。傭兵なんてお断りですから」

「金はある。たまに剣を振るう機会を用意するだけだ」


 その“たまに”がいらないの。
 そっぽを向くと、アリスター団長が気を取り直したように、みんなに声をかけて解散することになった。


「トム、ネイサン、ニック。シャノン嬢のことは口外しないように」

「「……はい」」


 トムたちは複雑そうな顔をして、一度私を見たあとに部屋を出ていく。
 ノアとアリスター団長も続くように出ていったのだけれど……肩の力を抜いて扉を閉めようとすると、アリスター団長が戻ってきた。


「シャノン嬢」


 手を差し出されて、疑問に思いながら手を重ねると、アリスター団長は腰をかがめて、私の手の甲に口づけを落とした。


「騎士を辞めたきみの行く末が傭兵だと言うなら、せめて、僕の目が届くところで守る。そう決めて残ることを許可したが……」

「あ、アリスター団長……っ!?」

「決して、無理はしないように。ゴーレムに会ったときのように危険なことがあれば、今度は限界を迎える前に逃げてくれ」


 私も令嬢ではあるけれど、男性に手の甲へ口づけされるなんて経験は初めてだったから、動揺してしまう。
 それもこんな美丈夫が相手なんて、まるで物語みたいだし……っ。


「……いいな?」


 心配そうな目で見つめられて、私は触れた手も、顔も、熱を持ったのを自覚しながら、「……はい」とうなずいた。


第3章 男装騎士の波乱

(※無断転載禁止)