男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

3,アリスターとの交渉

約2,100字(読了まで約6分)


 アリスター団長にまで見られているなら、言い(のが)れはできない。
 口先で否定したって、“包帯を外してみろ”と言われたら終わりだ。
 それなら、私が考えることは、どうごまかすかじゃなくて、どうやって騎士団に残してもらうか。


「……おわびをすると言うなら、この件は忘れていただけませんか」

「それは……難しい。女性は騎士団に入れない決まりだ。きみが女性だと分かった以上、退団してもらうしかない」

「それでは、困るんです。私が騎士でいないと、ローズ家は爵位を取り上げられるので」


 ノアの口から手を離して、私はトムたちに視線を送った。
 同じ男爵(だんしゃく)家の3人には私の事情をよく分かってもらえるはず。
 この5人に女性だと知られたことは、くつがえせない以上、この件を内密にして、騎士団に残してもらうのが今の最善策。
 3人を同情で味方につけて、アリスター団長に退団だけは許してもらおう。

 そんな算段通り、トムたちは決まりが悪そうな顔で目をそらした。
 でもまだ、口を挟むほど心動いてはないらしい。
 3人より、アリスター団長が口を開くほうが先だった。


「ショーン・ローズの身元は確かだ。きみがショーンのフリをする必要もない、本人が騎士団に入れば問題ないだろう?」

「お兄さまは(しっ)そうしました。入団試験の直前に。どうしようもないヘタレなんです、剣の扱いも下手だし」

「……あれは、壊滅(かいめつ)的だったな」


 ノアがぼそっとつぶやく。
 お兄さまにもついでに指導を、と言われたこともあったからね……。


「“お兄さま”……ということは、きみは、妹ぎみなのか。ショーンの」

「……はい。シャノン・ローズと申します」


 改めて自己紹介をし、アリスター団長の目を見つめると、団長どのは、たじろぐように一度視線をそらした。


「シャノン、嬢。本物のショーン探しには、僕も力を貸す。必ずマリーゴールド騎士団でショーンを受け入れると誓おう」


 侯爵(こうしゃく)家のお方の協力があれば、お兄さまも見つかるかな……。
 いやでも、万が一見つかったとしても、お兄さまがあの訓練に耐えられる?
 私よりましだけれど、お兄さまだって体力はないほうだしヘタレだし。

 はたして、あのお兄さまに私の運命を託していいの?
 いつまた逃げ出すかも分からない人に……。

 私は唯一お兄さまを知っている存在として、ノアを横目に見て、どう思います?と視線で聞いたつもりだった。


「……ショーンよりも、シャノンのほうが役に立ちますよ。女性であっても、間違いなく俺の弟子なので」

「ノア……だが、シャノン嬢にとっても騎士団にいるのはよくないだろう? とても、女性がするような仕事ではない」


 えぇ、それはもちろん、やめても私の将来が守られるなら、迷いなくやめるような仕事ですとも。


「……必ず、お兄さまを見つけられると誓えますか? ローズ家を守ってくださいますか?」


 楽ができるなら、もちろん楽をしたい。
 私は情に訴えかけるつもりで、こっそり太ももをつねって、うるんだ瞳でアリスター団長を見つめた。


「あ、あぁ、もちろん! 何年かかっても見つかるまで必ず――」

「“何年かかっても”……?」


 ことはそんなに悠長な問題じゃないんですよ、アリスター団長。
 私はトムたちをすがるように見てから、ふいっと視線を落とした。


「だ、団長……男爵家の男児は、原則16歳になったら必ず入団試験を受けなければいけないんです」

「事情があってその年に入団試験を受けられない場合でも、2年後までに必ず試験を受ける必要がありますね」

「……試験に落ちた場合は、20歳まで、ゆうよがありますが」

「この場合、“ショーン”はどのような扱いになるんです?」


 よしよし、よく言ってくれたみんな……!
 ズバッと聞いたノアもナイス!

 私はまた太ももをつねって、うるんだ瞳でアリスター団長を見た。
 アリスター団長は目を泳がせて、「そ、そうか、そうだな」と言葉を詰まらせる。
 令嬢からのアプローチがやまないお顔をしているのに、女性慣れしてないの?と思うほど動揺してくれるのが不思議だ。


「シャノン嬢の試験は無効となるから……ショーンには、試験を受けてもらう必要が……ある」

「今年の入団試験は終わってしまいました……来年、再来年の入団試験までに、お兄さまを必ず見つけてくださるのですか……?」

「そ、それは……その、確約は……できない」


 そうでしょうとも、いつ人探しを終えられるかなんて、誰も言い当てられないもの。
 アリスター団長が誠実な人でよかった、口先だけで見つけると言ってやめさせられたら打つ手がなかったし。


「アリスター団長。私を、マリーゴールド騎士団に残してください。私が騎士で在り続ければ、家を守れるんです」


 騎士団に残してもらうのに、か弱さを見せる泣き落としは逆効果だ。
 私は、まばたきをして涙を引かせ、真剣な顔でアリスター団長を見つめた。


「シャノン嬢……」

「私の腕は認めてくださっているはずです。女だからと、甘えたりもしません」


 本当は存分に甘えたいけれど。
 訓練を免除(めんじょ)して欲しいけれど。
 欲を言えば仕事もしたくないけれど。


「……シャノンを退団させるなら、俺も騎士をやめます」


 ノアがそう言ったことで、みんなの視線はノアにうばわれた。


第3章 男装騎士の波乱

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