男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

1,湯上がりの偶然

約2,100字(読了まで約6分)


Side:シャノン・ローズ

 ぬるくなった湯舟に体を沈めて、「ふぅ」と息を吐き出す。
 このおんぼろ宿舎にも、共同で1つとは言え、お風呂があるのはいい点だった。


「もうすぐで、騎士団に入ってひと月か……アリスター団長と手合わせしたあとを(のぞ)いて、これまで、まっっったくサボれなかったな……」


 長いようで短いこの期間、騎士としての生活には慣れてきたけれど……。
 訓練がハードすぎて、当初の手抜き計画は砕け散ってしまった。
 ノルマを達成できているわけでもないけれど、訓練を最初から最後まで受けてしまっているこの現状、放置していいものか。


「自分は真面目に騎士になる気なんてないんだ、もっとサボれる環境を作らなければ」


 改革が必要だと、ぬるま湯の中で拳を握って、あれこれ考えを働かせた。

 ゴーレムがいたナギービの森へ遠征(えんせい)に行ってから、8日ほど。
 どうやらあれはキース団長の策略(さくりゃく)だったらしいとあとで聞いたものの、その後アリスター団長とキース団長がどんな決着をしたのかは分からない。
 ひとつ確かなことは、キース団長は今もふつうに仕事をしている、ということ。

 恐らく、キース団長が自分に不都合なことをもみ消して、なあなあにしたのでは、と思っている。
 そういう悪知恵だけはよく働きそうだもの。
 まぁ、アリスター団長もノアも、怒り心頭(しんとう)だったと言うから、タダで終わらせることはないんだろう。

 トムたちいわく、怒った顔のアリスター団長はかなり怖かったらしい。
 あのキラキラで、よく笑っているアリスター団長が怖い顔をしているところなんて、私には想像がつかないのだけれど。


「……眠くなってきた。そろそろ上がって寝るか……」


 口を押さえてあくびをしながら、私は立ち上がって、体の水気を拭くための布を持った。


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Side:トム・カーライル


「っ、はー……今日はここまでにしますか」

「ふぅ……そうだね」

「……あぁ」


 ナギービの森でゴーレムに出くわしてから、俺の中にはずっと、もやもやした気持ちがあった。
 そのもやもやは、遠征から帰った数日後、訓練が終わったあとに、1人で自主練習をしているニック先輩を見つけて、明確な形になった。


「こうやって自主練を続けてたら、俺たちも強くなれるかな。ショーン1人に背負わせないくらい」

「もちろんだとも。才能あるこの僕が努力をしたら、すぐさま英雄になってしまう」

「ははっ、ネイサンは自信満々だな」

「……頑張るしかない。今までより、もっと」


 ゴーレムに一撃で倒されて、自分の足で立ち上がることさえできなかった。
 そんななか、ショーンはすぐさま俺たちを逃がす判断をして、たった1人でゴーレムに立ち向かっていったんだ。
 訓練にもついていけないくらい、俺たちマリーゴールド騎士団の中で、一番体が弱いやつなのに。

 アリスター団長とノアさんに、ショーンを託すしかなかった自分が、悔しかった。
 俺に、俺たちにもう少し力があれば、ショーン1人に押しつけることもなかったのに。


「ふっ、みんな、見たまえ。星がきれいだよ。夕飯を食べたあとに自主練習を始めるのもいいものだね」

「うわ、本当だ! ちょっとしたご褒美(ほうび)だな!」

「……これからは、この時間にするか?」

「賛成!」


 今までは訓練が終わったすぐあとに自主練習を始めてたけど、今日は団長に、飯に誘われて、いつもより遅く始めたんだよな。
 すっかり遅い時間になっちまったけど、頑張ったあとにこんなきれいな夜空を見上げられるなら、この時間に自主練をするのもいいもんだ。


「汗を流したあとに星をながめて、湯浴みをする。ふふっ、実に優雅(ゆうが)だ」

「風呂はちょっと冷めてるかもしれないけどな~」


 3人で宿舎に戻って、風呂場へ向かうと、ガチャリと扉を開けた向こうに、人がいた。
 ズボンだけ履いて、背中を向けているけど……あの赤髪と小柄な体はショーンだな。
 ただひとつ気になるのは……。


「え、」

「ショーン? ……どうしたんだ、その包帯?」


 振り向いておどろいた横顔を見せたのは、やっぱりショーン。
 その背中には白い包帯が巻かれていて、ショーンの手は包帯の端を握っていた。


「いや、その、これは」

「……怪我、してるのか?」

「大丈夫かい、ショーンくん? いつの間にそんな大怪我を……」

「はっ、まさかゴーレムと戦ったときに!?」

「えっ? あ、あぁ、そう……だ、うん、少し背中をやられて……な」


 顔を背けたショーンがどんな表情をしてるのか。
 背中にこんな大怪我をしてたってのに、俺たちはなんにも気づかずにいたなんて。
 俺はギリッと奥歯をかんで、ショーンに近づいた。


「ちゃんと手当はできてるのか!? 俺が薬を塗ってやる!」

「はっ? ちょ、ちょっと待った、大丈夫っ、大丈夫だから、さわっ――!」


 ショーンの手から包帯をうばいとって、くるりとショーンの体の周りを1周、逆回転させると。


「え……?」


 緩んだ包帯が垂れ下がって、傷ひとつない背中が現れた。
 どういうことだ、とショーンの顔を見れば、目を泳がせて、焦った表情をしている。
 その下で、両腕を使って隠すようにしている胸に……見えてしまった。
 男の体にはできえない、谷間と呼ばれるものが。


「おん……な?」



第3章 男装騎士の波乱

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