男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。
10,葛藤 する団長
Side:アリスター・カルヴァート
「光栄なお話ですが、自分は
「きみがうなずくならば、
昼
……いや、思いがけないとは言えないな。
昨日もキース団長に、ノア先輩とショーンを、スイセン騎士団の団員とトレードしないか、と言われていたのだから。
ショーンには昨日気持ちを聞いたが、“光栄なお話”というのが本心だったのだろうか。
実際、マリーゴールド騎士団にいるよりも、スイセン騎士団に移ったほうがいい扱いを受けられる。
ショーンの本心に確信を持てない以上、僕が今出ていくわけにはいかないな……。
って、いや、それどころではないかもしれないのだが……!
あぁ、どうしたものか……今すぐ間に入ったほうがいいか!?
「……自分を買っていただけるのは光栄ですが、自分の実力はアリスター団長にもおとる程度のものです」
「……チッ、アリスター・カルヴァートか……使えない者ばかり送ったのに、なぜノア・エクルストンを抱え込むことになったのか」
使えない者とは、ずいぶんな
名前を聞いて舌打ちされるだけならまだしも、と僕は思わず苦笑いした。
しかし今は、キース団長がいつも通りなことに安心して、肩の力が抜けていく。
「失礼ですが、アリスター団長をマリーゴールド騎士団の団長にされたのは、キース団長なのですか?」
「あぁ、そうだが。私が彼を団長に、新しい騎士団を作ってはどうかと
「そうでしたか。それでは、自分はキース団長に感謝しなければいけまんせんね」
「……感謝だと?」
つんと、あごを上げている姿が目に浮かぶようだ。
ショーンは一体なにを言うつもりなのかと、僕は壁の端から2人の様子を盗み見る。
キース団長はこちらに背を向けていたが、ショーンはこちらのほうを向いていたから、にこりと笑う顔がよく見えた。
「自分は、アリスター団長のもとで騎士になれてよかったと、心から思っています。アリスター団長が好きなので」
思わず盗み見るのをやめて、壁に隠れてしまった。
「アリスター団長がいる限り、自分はマリーゴールド騎士団を離れるつもりはありません。勧誘されるなら、ノア……さんになさってください」
「……」
「それでは、失礼いたします」
話は終わった……のか?
キース団長はどんな様子なのだろうか、気になるが……今、壁の向こうを見ても大丈夫だろうか!?
もしキース団長が振り返っていたら、立ち聞きしていたのがバレてしまう!
あぁ~、動こうにも動けない!
「……え」
「はっ……」
もどかしい思いをしていると、壁の向こうからショーンが出てきて、パチリと目が合ってしまった。
ショーンは、ハッとした様子で角を曲がり切ると、ちらりと僕を見上げて、玄関のほうを指さす。
“行きましょう”と声を出さずに告げられ、僕は、くり返し、大きくうなずいた。
きっかけは、昨夜の手合わせで、ショーンが倒れてしまったこと。
様子がおかしいことに気づいてとっさに剣を引いたものの、僕の剣先はショーンの腹部を傷つけてしまった。
気を失ったショーンを抱えて、僕は宿舎に戻り、ショーンの部屋で傷の手当てを……。
そう、手当をするために、制服を脱がせたら……すでに、その体には包帯が巻かれていたのだ。
僕の頭に浮かんだのは、2つの可能性だった。
どちらも、すぐに否定する考えが浮かんで、包帯の下にあるものが分からないまま、結局1人で夜を明かした。
『ノア。その、ショーンは最近大怪我をしたり、しているだろうか?』
『アリスター団長が、昨日大怪我を負わせたのでなければ、ないでしょう。いたって健康体です』
『け、怪我を隠しているとかは、ないだろうか。それか、今までに大怪我をしたことがあるとか……!』
『ありません。ショーンは怪我を隠すような、
先ほど、訓練中に、ショーンをよく知っているだろうノア先輩に、1つ目の可能性を尋ねてみたが、ハッキリと否定された。
そうなると、残る可能性は、包帯が巻かれていた胸に、怪我以外で隠したいものがある、ということ。
ちらりと、隣を歩くショーンを盗み見ると、彼が女性と言われても信じてしまえる点ばかりが、いくつも見つかる。
身長が低いことも、体格が
「ショーン……」
「はい」
本部を出てから声をかけると、ショーンは僕を見上げた。
「……きみは……」
女性なのか。
胸に包帯を巻いてるのはどうしてなんだ。
……と、どうしても口にすることができないのは、僕を見つめる瞳があまりにも澄んでいるからだろうか。
「……アリスター団長?」
「いやっ、なんでもない! 傷の具合はどうだ?」
「あぁ……」
ショーンは顔を
「おかげさまで、痛むこともありません」
顔をあげてにこりと笑う顔が、どこか残念そうに見えて、ノア先輩に否定された可能性がまた頭に浮かんできた。
「そうか? 大事をとって、しばらく訓練は休んでいてもかまわないが……」
「え……」
ぱぁっと、表情が明るくなる。
やっぱり、ショーンは胸の包帯の下に怪我を隠しているのか……!?
胸か背中に怪我を負った状態で、あれだけ動けるのか、とささやく声はするが、ショーンが女性だという可能性だって信じがたい。
やはりショーンの包帯は、怪我の処置をするためのものだったのだ。
そして怪我をしていることを、なにかの理由で隠している。
「ありがとうございますっ。自分はずっと、アリスター団長のもとにいます!」
花が咲くような笑顔を向けられて、『アリスター団長が好きなので』と言ったショーンの声がよみがえった。
とたんに、ぶわっと顔が熱くなる。
やっぱりショーンは女性なのか!?
あの包帯の下にあるのは、一体なんなんだ!
あぁもう分からないっ!
混乱する頭でひとつ分かったことは、僕のこの疑問には、しばらく答えが出そうにない、ということだった。
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