男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

10,葛藤(かっとう)する団長

約2,500字(読了まで約7分)


Side:アリスター・カルヴァート


「光栄なお話ですが、自分は男爵(だんしゃく)家の生まれなので……」

「きみがうなずくならば、伯爵(はくしゃく)家の養子になれるよう手配しよう」


 昼休憩(きゅうけい)に入って、ショーンの様子を見に、本部へ来たとたん、思いがけない話し声が耳に入ってきた。

 ……いや、思いがけないとは言えないな。
 昨日もキース団長に、ノア先輩とショーンを、スイセン騎士団の団員とトレードしないか、と言われていたのだから。

 ショーンには昨日気持ちを聞いたが、“光栄なお話”というのが本心だったのだろうか。
 実際、マリーゴールド騎士団にいるよりも、スイセン騎士団に移ったほうがいい扱いを受けられる。
 ショーンの本心に確信を持てない以上、僕が今出ていくわけにはいかないな……。

 って、いや、それどころではないかもしれないのだが……!
 あぁ、どうしたものか……今すぐ間に入ったほうがいいか!?


「……自分を買っていただけるのは光栄ですが、自分の実力はアリスター団長にもおとる程度のものです」

「……チッ、アリスター・カルヴァートか……使えない者ばかり送ったのに、なぜノア・エクルストンを抱え込むことになったのか」


 使えない者とは、ずいぶんな(おっしゃ)りようだ。
 名前を聞いて舌打ちされるだけならまだしも、と僕は思わず苦笑いした。
 しかし今は、キース団長がいつも通りなことに安心して、肩の力が抜けていく。


「失礼ですが、アリスター団長をマリーゴールド騎士団の団長にされたのは、キース団長なのですか?」

「あぁ、そうだが。私が彼を団長に、新しい騎士団を作ってはどうかと提言(ていげん)した。私にはそれだけの力がある」

「そうでしたか。それでは、自分はキース団長に感謝しなければいけまんせんね」

「……感謝だと?」


 つんと、あごを上げている姿が目に浮かぶようだ。
 ショーンは一体なにを言うつもりなのかと、僕は壁の端から2人の様子を盗み見る。
 キース団長はこちらに背を向けていたが、ショーンはこちらのほうを向いていたから、にこりと笑う顔がよく見えた。


「自分は、アリスター団長のもとで騎士になれてよかったと、心から思っています。アリスター団長が好きなので」


 疑惑(ぎわく)を持っていたからか、ショーンの顔が可愛らしい女性にしか見えなくて、告白を受けたような気分になる。
 思わず盗み見るのをやめて、壁に隠れてしまった。


「アリスター団長がいる限り、自分はマリーゴールド騎士団を離れるつもりはありません。勧誘されるなら、ノア……さんになさってください」

「……」

「それでは、失礼いたします」


 話は終わった……のか?
 キース団長はどんな様子なのだろうか、気になるが……今、壁の向こうを見ても大丈夫だろうか!?
 もしキース団長が振り返っていたら、立ち聞きしていたのがバレてしまう!

 あぁ~、動こうにも動けない!


「……え」

「はっ……」


 もどかしい思いをしていると、壁の向こうからショーンが出てきて、パチリと目が合ってしまった。
 ショーンは、ハッとした様子で角を曲がり切ると、ちらりと僕を見上げて、玄関のほうを指さす。
 “行きましょう”と声を出さずに告げられ、僕は、くり返し、大きくうなずいた。


 きっかけは、昨夜の手合わせで、ショーンが倒れてしまったこと。
 様子がおかしいことに気づいてとっさに剣を引いたものの、僕の剣先はショーンの腹部を傷つけてしまった。
 気を失ったショーンを抱えて、僕は宿舎に戻り、ショーンの部屋で傷の手当てを……。
 そう、手当をするために、制服を脱がせたら……すでに、その体には包帯が巻かれていたのだ。

 僕の頭に浮かんだのは、2つの可能性だった。
 どちらも、すぐに否定する考えが浮かんで、包帯の下にあるものが分からないまま、結局1人で夜を明かした。


『ノア。その、ショーンは最近大怪我をしたり、しているだろうか?』

『アリスター団長が、昨日大怪我を負わせたのでなければ、ないでしょう。いたって健康体です』

『け、怪我を隠しているとかは、ないだろうか。それか、今までに大怪我をしたことがあるとか……!』

『ありません。ショーンは怪我を隠すような、健気(けなげ)なことはしませんよ』


 先ほど、訓練中に、ショーンをよく知っているだろうノア先輩に、1つ目の可能性を尋ねてみたが、ハッキリと否定された。
 そうなると、残る可能性は、包帯が巻かれていた胸に、怪我以外で隠したいものがある、ということ。

 ちらりと、隣を歩くショーンを盗み見ると、彼が女性と言われても信じてしまえる点ばかりが、いくつも見つかる。
 身長が低いことも、体格が華奢(きゃしゃ)なことも、顔が女性的なことも、体力や筋力がおどろくほどにないことも。


「ショーン……」

「はい」


 本部を出てから声をかけると、ショーンは僕を見上げた。


「……きみは……」


 女性なのか。
 胸に包帯を巻いてるのはどうしてなんだ。

 ……と、どうしても口にすることができないのは、僕を見つめる瞳があまりにも澄んでいるからだろうか。


「……アリスター団長?」

「いやっ、なんでもない! 傷の具合はどうだ?」

「あぁ……」


 ショーンは顔を(くも)らせてうつむく。


「おかげさまで、痛むこともありません」


 顔をあげてにこりと笑う顔が、どこか残念そうに見えて、ノア先輩に否定された可能性がまた頭に浮かんできた。


「そうか? 大事をとって、しばらく訓練は休んでいてもかまわないが……」

「え……」


 ぱぁっと、表情が明るくなる。
 やっぱり、ショーンは胸の包帯の下に怪我を隠しているのか……!?

 胸か背中に怪我を負った状態で、あれだけ動けるのか、とささやく声はするが、ショーンが女性だという可能性だって信じがたい。
 やはりショーンの包帯は、怪我の処置をするためのものだったのだ。
 そして怪我をしていることを、なにかの理由で隠している。


「ありがとうございますっ。自分はずっと、アリスター団長のもとにいます!」


 花が咲くような笑顔を向けられて、『アリスター団長が好きなので』と言ったショーンの声がよみがえった。
 とたんに、ぶわっと顔が熱くなる。

 やっぱりショーンは女性なのか!?
 あの包帯の下にあるのは、一体なんなんだ!
 あぁもう分からないっ!

 混乱する頭でひとつ分かったことは、僕のこの疑問には、しばらく答えが出そうにない、ということだった。


第2章 2人の天才剣士

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