男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

9,アリスターの善意

約2,200字(読了まで約6分)


 翌日の朝、宿舎の食堂でアリスター団長と顔を合わせた私は、「あ」と口を開いた。


「アリスター団長。昨日はありがとうございました」

「あ、あぁ、ショーン。こちらこそ、付き合ってくれてありがとう。傷は大丈夫か?」


 にこりと笑うアリスター団長のほおには、私の剣が引いた赤い線が残ったまま。
 顔の他にも、腕にかすり傷を負わせたはずだけど……ちゃんと手当、してるよね?

 私と同じく、予備だろう制服は、もちろんどこも切れてなどいないから、外側から見るだけでは分からない。


「おかげさまで。ご自身の手当はされてますか?」

「あぁ、大丈夫だ」

「傷、とは。真剣で試合でもしたのか?」


 アリスター団長の返事を聞いて安心していると、隣にいたノアが口を挟んできた。
 視線を向けると、傷の位置を確かめるように、じろじろと全身を見られる。


「そうです」


 私は目をそらしつつ、傷の位置を教えるように、お腹を押さえた。


「残る傷じゃないだろうな?」

「大丈夫です、アリスター団長が手加減してくださったので」

「ということは、負けたのか」

「ほとんど互角(ごかく)だったんだが……ショーンがとちゅうで倒れてな」


 アリスター団長が苦笑いして手合わせの結果を教えると、ノアは「なるほど」と目を伏せる。


「体力切れですね。ショーンの弱点です。アリスター団長が相手では手を抜けず、全力を出しすぎたのでしょう」

「う……」


 さすが師匠、よく分かってる。

 ノアは私を見ると、ふっと口角を上げた。


「騎士団の訓練は体づくりに向いている。サボらなければ今より強くなれるぞ」


 別に、アリスター団長に負けないほど強くなりたいわけではないんだけれど……。

 明確な返事をしたくなくて目をそらすと、「今日の訓練だが、ショーンは……」とアリスター団長の声がした。
 団長どのの顔を見れば、眉を下げて、気遣わし気な目を私に向けている。


「休んでもかまわないぞ? その……」

「えっ」


 今、訓練を休んでもいいって言った!?
 上司公認でサボれる!?


「ショーンは怪我を、している……だろう……?」

「訓練をおこなえないほどの傷を負わせたのですか?」

「いやっ、そんなことはない! が……」

「では、お言葉に甘えて、本日は療養(りょうよう)させていただきます。ですが、なにもしないのは心苦しいので、事務仕事を手伝わせてください」


 飛び跳ねたい気持ちを抑えて、怪我の具合を知っているアリスター団長に、不審に思われないよう軽い仕事を申し出た。

 ただのかすり傷で訓練を休ませてくれるなんて、アリスター団長は、なんていい人なんだろう……!


「あ、あぁ、分かった」

「まったく……」


 ノアのあきれた視線なんて、なんのその。


「では、アリスター団長。俺も今日は事務仕事をさせてください」

「はっ?」

「いや、ノアには訓練に出てもらいたい」

「……分かりました」


 よかった、ノアにつきまとわれるところだった。
 ナイスです、アリスター団長!
 前からいい人だと思っていました! アリスター団長は最高の団長です!

 心の中で歓声を上げて、私はにこにことアリスター団長を歓待(かんたい)した。


 3人で朝食をとったあと、アリスター団長に命じられた書類整理の仕事をするべく、私は騎士団本部へと1人で向かう。
 足が軽くてスキップでもしてしまいそうだ。

 各騎士団団長の執務室が集まる、騎士団本部には、事務仕事専門の職員が勤めていたりもする。
 その職員から、マリーゴールド騎士団(あて)の新しい書類を預かって、アリスター団長の執務室にある書類を整理するのが、今日の私の仕事。
 締切の日時が書いてある書類を日付順に並べるだけでいいと言われたし、かんたんなものだ。


「今日はアリスター団長への感謝を込めて、ていねいにやろう」


 もしかしたら、事務仕事の腕を()められて、これからも訓練を免除(めんじょ)してもらえるかもしれない。
 私は、にんまりと笑みを浮かべて仕事にあたった。


****


「ふぅ~……もう昼か」


 書類整理が思ったよりもすぐに終わってしまって、締切の日時が書いてない書類にも手を出したら、今度は逆に時間が溶けてしまった。
 優先度を考えるために、内容に目を通したのだけれど……あまりにも分野がとっちらかっていたのが気になる。

 もしかして、他の騎士団から面倒な仕事を押しつけられてたりしないよね、うちのアリスター団長は?

 キース団長の悪意にだって気づいてるのか怪しいからなぁ、とため息をつきながら、私は執務室を出て、昼食をとりに行くことにした。


「きみは……ショーン・ローズ、だな」

「……キース団長」


 廊下を歩いていると、紫色の髪をした、つり目の男性……スイセン騎士団団長の、キース・ヤーノルドと出会ってしまう。
 思わず、アリスター団長が口にしているように名前で呼ぶと、キース団長の眉がぴくりと動いた。


「失礼しました、ヤーノルド団長。お疲れさまです」

「いや、キースでかまわない。どうしてきみがここにいる?」

「本日は怪我で訓練を休むようにと命を受けたので、事務仕事をしていました」

「そうか……」


 品定めをするような視線が、私の頭からつま先まで向けられる。

 そういえば、この人はノアと私を引き抜こうとしているんだっけ……。
 ただの団長が相手でも、新米騎士じゃ断りづらいのに、侯爵(こうしゃく)令息でもあるからなぁ、この人は……。
 引き抜きの話をされる前に、退散しよう。


「それでは、失礼――」

「ショーン・ローズ。スイセン騎士団に来ないか?」


 終わった……。

 私はそっと目を閉じて、心の中で涙した。


第2章 2人の天才剣士

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