男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

2,王都へ向かう道は、試練と共に

約2,100字(読了まで約6分)



 ――ガタンッ

「んぇっ……」


 唐突(とうとつ)な揺れによって、体が前に投げ出される。
 向かいの座席に頭をぶつけそうになって、私は前に手を出した。
 ひじを曲げて衝撃(しょうげき)を逃がしつつ、辺りに視線を走らせても、馬車の中に異常はない。

 家を出て1日。
 最後の自由を満喫(まんきつ)するべく、ローズ家が所有する馬車の中で、惰眠(だみん)をむさぼっていた私をたたき起こした者は一体誰なのか。
 ううん、そんなの考えるまでもない、馬車の挙動を左右するのは御者(ぎょしゃ)だけ!


「まったく、一言文句を言わないと……」


 つぶやきながら、横の髪を耳にかけようとして、スカッと空を切る。
 あぁ、そうだった。
 そんなの必要ないくらい短く切ったんだっけ。
 いまだに慣れないなぁ……包帯で潰した胸の苦しさもとれないし。
 唯一快適なのは、うんと動きやすくなったこの紳士服だけ。

 美しい髪、なんてものには興味がなかったし、男装することに抵抗はないけど……。


「ちょっと、もっとていねいに……」


 操って、と声を張ろうとして、今もガタガタと穏やかじゃない揺れが続いていることに気づいた。
 ……全速力を出してる?

 異常事態だと気づいた私は、ため息をついて持ってきた剣を手に取る。


「なにがあったんだ?」


 外の御者に聞こえるように声を張ると、「おじょっ……お坊ちゃま!」と声が返ってきた。


「お目覚めになられたのですね! 先ほどから魔物に襲われていてっ……!」


 ガタンッ、とまた大きな揺れに襲われる。
 どうやら、魔物に攻撃でも受けているらしい。
 魔物が出る可能性があるのは、森や山などの自然の中。
 人の手で整備された場所は、騎士団などが徹底(てってい)して魔物を排除(はいじょ)しているから、街から出なければ一生魔物に会わないことも珍しくない。


「はぁ……分かった、馬車を止めてくれ」


 騎士の家門ということもあって、うちは護衛を雇うことがほとんどないから、こういうときの対処はお父さまか私の担当になる。
 揺れが大人しくなっていって、スピードが落ちたことを感じた私は、馬車の扉を開けて、走る馬車から飛び降りた。


「自分の眠りをさまたげた罪は重いからな」


 着地してすぐ、馬車の後方に体を向けた私の前には、走ってくるオークが3体いた。
 緑色の肌をした巨体の怪物。
 人型をしてはいるけど、人間のようにしゃべったり、文化的な生活をしたりはしない。
 こん棒を持ったり、石を投げたりするくらいの知恵はあるけれど。


「グアアアア!」

「うるさいぞ」


 こん棒を持ち上げて、頭からたたき潰すように振り下ろしてくるオークの(ふところ)に入り、左下からななめに切り上げる。
 血を被るのはイヤだから、すぐ横に飛んでわき腹を蹴り飛ばしておいた。
 真ん中は始末したから、次は左を。


「グアウ!グアウ!」

「だから、うるさいっての」


 眼前に迫るこん棒を、剣の腹で受け流して軌道をそらす。
 右足で蹴ろうとしてくるのを見て、左わきの下をくぐり抜け、「せーのっ」と気合を入れてわき腹を刺した。
 体全体を使って力を込めると、ぐぐぐ、と刃が半分まで入る。


「グギャアアア!」

「おっと」


 がむしゃらに振り回している腕に当たりそうになって、姿勢を低くする。
 それから、オークの腰に足の裏を当てて、ぐっと踏ん張りながら剣を引き抜いた。
 ぶしゃっと吹き出す血から逃れるようにバックステップを繰り返すと、背中に気配を感じてしゃがみ込む。
 頭上から影が落ち、目の前にこん棒が振り下ろされたのを見て、しゃがんだまま、振り返った勢いに乗せて足を切りつけた。

 それから横に飛んで、背後へと回り込み、剣を振りかぶって右上から切り下ろす。
 っとん、っとん、とバックステップをすると、オークはもだえたのちに倒れ伏した。


「はー……魔石取り出すの、めんどくさいな……」


 3体の死体から目をそらすように、曇り気味の空を見上げて、騎士か傭兵(ようへい)でも通りかかってくれないかな、と思う。
 魔物とは不思議な生き物で、体のどこかにある魔石を取り出すと、霧となって体が消え去る性質があった。
 その魔石というのは、大抵の場合腹の中にあると言われている。


「お坊ちゃま、お見事です。その腕前なら騎士団でも大活躍でしょうね」


 道の先に止まった馬車から、御者が走ってきて晴れやかに笑った。


「大活躍なんてするつもりはない」

「ですが、お坊ちゃまの腕前なら引っ張りだこかと」


 え、それはイヤだ。


「……実力は隠しておく。それより、魔石を取り出すの、手伝ってくれないか?」

「はい、かしこまりました」


 よし、これで楽ができる。
 私はにっこり笑って、1体、離れたところに転がっている死体へと近づいた。
 残り2体は近いところに転がっているから、私がゆっくり魔石をとれば、2体を御者に押しつけられる……!
 血を被らないように、そっとオークの腹に剣を刺すと、私は一切手で触れることなく魔石を取り出した。
 魔石を取ってしまえば血も霧になるのだけど、魔物の血を被ったという嫌悪感(けんおかん)(ぬぐ)えないからね。


「お坊ちゃま、こちらは終わりました!」

「あぁ、こっちもちょっと苦戦したけど取れたよ」


 計画通り2体の死体処理を御者に押しつけた私は、笑顔で御者と合流して、馬車に戻った。

 さて、王都につくまで、また寝ようかな。


第1章 マリーゴールド騎士団

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