男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

1,男爵令嬢、お家存続の危機に遭遇(そうぐう)する

約2,000字(読了まで約6分)


 さて、どうやってこの試練を回避しようか。
 男爵(だんしゃく)家に生まれ落ちて15年。
 ヘタレ兄、最大のやらかしを前に、私は楽をするための思索(しさく)没頭(ぼっとう)した。


「シャノン、まさか賢いあなたまで逃げようなんて、考えてはいないでしょうね?」


 にこりと微笑(ほほえ)むお母さまが目に入って、ぶるりと体がふるえる。
 今までもお母さまとは頭脳戦をくり広げてきたのだから、これくらいなんともない。
 そう言い聞かせる自分とは反対に、平民ながらも男爵家に(とつ)いで、貴族社会を渡り歩いてきた女傑(じょけつ)の迫力に体が負けている。


「でもお母さま、いくらなんでも女の身である私が、女人(にょにん)禁制の騎士団へ入るなんてとてもとても……」

「お黙りなさい。あなたなら上手くやれるわ、シャノン。いいえ、必ず上手くやるでしょう、ねぇ?」


 その圧をかけるような笑い方、やめてもらえませんかね。
 私はお母さまに気づかれないよう、小さく口を開けて、ゆっくり息を吐き出した。
 お母さまのうしろで脂汗(あぶらあせ)をにじませているお父さまはアテにならないけど……時間稼ぎのためにも、一応言ってみるかな。


「お父さまだって、そんなことよくないとお思いでしょう? 元騎士として、実の娘の不正に目をつぶるわけには……」

「う、うむむ……」

「よいこと、シャノン。うそは明らかになるまで、真実なのです。あなたは16歳になる私の息子、ショーンなのよ」

「この上なく不名誉です」


 思わず毒づいてから、目をつぶった。
 私が先ほどお母さまに宣告されたのは、1つ上のヘタレ兄、ショーンになりすまして騎士団に入れ、という命令。
 この国で最低位の貴族階級、“男爵”は出世した騎士、あるいは名をあげた商人がたまわる栄光だ。
 しかし、男爵位を子々孫々(ししそんそん)受け継いでいくためには、相応の成果をあげ続けなければいけない。
 騎士として男爵位を授かった家は、騎士を輩出し続けなければいけない、など。


「あの、お兄さまを探すというのは?」

「もちろん捜索(そうさく)はします。けれど、入団試験を前に逃げ出すような情けない男が、5年間騎士として勤められるかどうか」


 お母さまは(おうぎ)を開いて、口元を隠しながらため息をついた。
 まぁ、その意見には同意しますとも。

 今は、目立った功績をあげなくても、5年間騎士として勤めれば男爵位を保てる。
 圧力に負けて5年ぽっちじゃ退団できないことは、20年経ってようやく退団できたお父さまが物語っているけど。

 お父さまに似て気弱な上にヘタレなお兄さまは、成人を迎えて、強制参加が確定している入団試験を3日後に控えた今、行方(ゆくえ)をくらました。
 試験が行われる王都までは、馬車で3日。
 今日中に出発しないと、今年の入団試験には間に合わない。


「私だってこらえ(しょう)がないほうですけど」

「シャノンは上手く手を抜くでしょう。それに、楽をするためならどんなことでもする胆力(たんりょく)があるわ」

「お()めにあずかり光栄です……」


 口を動かしながら頭を働かせる。
 受け入れたフリをして、私も今日はどこかに身を隠す?
 ううん、それじゃあ家に帰れなくなる……貴族の身分に甘んじて、怠惰(たいだ)に生きたい私としては悪手だ。


「分かっているわね、シャノン。我がローズ家から騎士を出さなければ、男爵位は遠くない未来にはく(だつ)されるのよ」

「う……」

「そうなれば、あなたが自堕落(じだらく)な生活を送ることもできなくなるわね。あら、どうしたものかしら」


 それはそれは輝いた笑顔で、お母さまが閉じた扇の先を左手に当ててみせる。
 男爵位のはく奪、それだけは避けたい。
 平民になったら、朝から夜まで汗水たらして働かなければいけないから。

 どうする、私……?
 騎士団に入って規則と訓練に縛られた生活をするのはイヤ。
 でも、騎士団に入らないと私は貴族のままでいられない……。
 どうせ剣を扱う仕事だし、5年だけ上手くサボれば……。


「……分かりました。入団試験、受けてきます」

「よく言ったわ、ショーン。すぐに出かける準備をしなさい」

「シャノン、しかし……」

「アナタもお黙りなさい。心配いらないわ、あの子には剣の才能があるのだもの」


 説き伏せられるお父さまを尻目に、私は自室へと戻って旅支度を始めた。

 まずはこの長い赤髪を切って、胸もなにかで潰さないと。
 荷物はお兄さまがまとめたものを持っていくとして……そうだ、一応私の剣も持って行こうかな。
 騎士団から支給される剣があるというし、自前の剣を持っていく新人は少ないと思うけど……命の危険がある仕事だし。

 ノア……師匠からもらった剣は、私に合わせて作られたものだから、なによりも手になじんで扱いやすい。
 いざというときの奥の手があってこそ、存分にだらけられるというものだ。


「ねぇ、髪を切ってくれる? それから、長い包帯も持ってきて。予備の分と一緒に」

「かしこまりました」


 節約のために少人数しか雇っていない使用人に用事を伝えて、私は窓の外を見た。

 貴族で在り続けるために……。
 怠惰(たいだ)な生活をこの先も送り続けるために、私は5年だけ、騎士になる。


「恨みますよ、お兄さま」



第1章 マリーゴールド騎士団

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