男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

7,団長との手合わせは、本気モードで

約2,000字(読了まで約5分)


 部屋から自前の剣を持ち寄って、すっかり暗くなったマリーゴールド騎士団の訓練場で、アリスター団長と向かい合う。
 今日は月が明るいから、視界絶不調とはいかないけれど、それでも昼間より見通しが悪いのは確かだ。


「それでは、始めよう。致命傷を負わせるのは禁止で、どちらかが“降参”と言えばそこで止めること。いいな?」

「……はい」


 さてこの試合、どうやって負けようか……。
 そんなことを考えながら、「先行はショーンにゆずる」と言われ、私は適当に剣を振り下ろした。
 瞬間、ガキンッとガードされて、勢いが止まった剣の下から抜け出した、アリスター団長の幅広い剣が眼前に(せま)る。

 う、わっ。
 手を抜いて相手したときの怪我の度合いが頭によぎって、とっさにその攻撃を受け流した。


「ははっ、やはりショーンは……」


 アリスター団長がにんまりと笑って、追撃をしかけてくる。

 この人、パワータイプ!?

 そう思ってしまうくらい重い感触が、攻撃を受け流す剣を通じて伝わってきた。
 けれど、腕がふっと軽くなって、私から離れたアリスター団長の剣が水平に迫ってくるのを視界の隅でとらえる。
 受け流されてくれないなんて初めての経験で、死の危険を感じて思わずしゃがみながら、頭上で団長どのの剣を受け流した。
 そして、追撃のすきを与えないように、(たた)んだ左足を伸ばしてアリスター団長の足を払う。


「おっと」


 そんな、のんきな声を漏らしながら、アリスター団長は払われた足を体のうしろで着地させて、半身(はんみ)になりながら突きをくり出してきた。
 のど元を狙ってくる剣先に、また本能が警鐘(けいしょう)を鳴らして、思いっきり頭をのけぞらせながら団長どのの剣を蹴り上げる。
 そのまま後転し、体勢を立て直すころには、この試合で手を抜いたら致命傷を負う、と確信していた。

 本気で相手をしないと、まずい。


「新鮮だ。幼いノア先輩と手合わせをしていたら、こんな感じだったのだろうか」

「幼いノア……?」


 生暖かい目で見られた気がして、少しだけ気分を害される。
 先手を打って攻撃しないと大怪我をさせられる、と言う本能に従って、つま先に力を込め、団長どのの(ふところ)に入り込んだ。
 姿勢を低くしながら剣を右上に振り抜くと、アリスター団長はバックステップで避けてすぐに私の前へと戻ってくる。

 上から振り下ろされた剣を、自分の剣を使って軌道(きどう)をそらしながら避けると、短い髪が風圧でうしろに流された。

 どれだけ重い攻撃なの、一体……!


「対人経験は少ないみたいだな」

「えぇ……ノアか、父上としか手合わせしたことがないもので」

「なるほど。それなら、ノア先輩との戦い方を知っている僕とは、相性が悪いかもしれない」


 にこりと笑って、アリスター団長は私が振り下ろした剣を真っ向から受け止める。
 舌打ちをこらえて、次の一手のために剣を引くと、アリスター団長は、あとを追うように右から切り下ろしてきた。

 あぁもう、やりづらい……っ!

 奥歯をかみ()めながら、私は体の反対側に剣を持っていって、攻撃を受け流す。
 すると、また剣が軽くなって、アリスター団長の剣が垂直に私の体へと迫ってきた。


「くっ」


 私が受け流してすぐ次の攻撃へ転じてくるなんて、並大抵の筋力じゃできないはずなのに……!
 瞬時にしゃがんで回避すると、私の頭上をブォンと走り抜けた剣が、慣性(かんせい)に逆らって反転し、さらに振り下ろされた。
 とっさに剣を構えて体への直撃を避けると、腕にずっしりと重みが乗って、アリスター団長の攻撃に剣を引きずられる。

 しゃがんだまま半歩うしろに下がってから、私は右手を剣から離して、地面の上を転がり、アリスター団長の攻撃を反対側に避けた。


「ほう」


 感心する声が聞こえると、してやったという気になって口角が上がる。
 こんなに苦戦するのは、ノアに初めて会ったとき以来だ。

 頭が上に戻ってすぐ、剣を振り上げながら立ち上がると、アリスター団長はやはり真正面からガードして、反撃してくる。

 逃げてばかりじゃダメだ、こういう敵にこそ懐へ入っていかないと。
 私は頭を下げて団長どのの剣を避けると、剣を垂直に引いて、突きをくり出した。


「いい攻撃だっ」


 弾んだアリスター団長の声が聞こえて、正面を向いていた団長どのの体が、左に開く。
 回避されたんだ。
 反射神経も一級品なんて、どれだけこの人は神に愛されてるのっ。

 空振った剣が虚空(こくう)に吸い込まれていくさなか、視界の端で左から迫る剣をとらえて、緊張が体に走った。
 どうする、と考えるより先に、右手を少し先の地面について、足の裏全体で地面を蹴り上げる。
 体が頭の上を舞って、反対側に降り立つと、片手で威力(いりょく)が半減しているのを承知しつつ、剣を振り上げた。


「ははっ」


 楽しそうな笑い声を憎らしく思うのに、私の口角も上がったまま。
 予想通りかわされた剣を両手で持ち直し、私は一歩を踏み出した。

 (まじ)わった視線が、私もアリスター団長も、この試合に興奮していることを教えてくれる。


第2章 2人の天才剣士

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