男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。
5,師弟 、ノアとショーン
Side:トム・カーライル
「はぁっ、はぁっ……」
「ショーン、水飲むか」
今日も、周回遅れでランニングを終えて、全力でバテてるショーンの背中を、黒髪の美男子がなでる。
昨日、気まぐれな風のように現れて、突然俺たちマリーゴールド騎士団の仲間に加わることになった、アケビ騎士団の元エース・ノアさん。
ニック先輩によると、ノアさんはうちの団長とならんで、王国の二大騎士になると言われていた天才で、団長より1歳年上らしい。
「あの人がいると、ショーンに近づけないなぁ……」
「そのショーンくんも、驚くべきものを隠していたね」
「……あぁ」
昨日はショーンの驚きの一面も見た。
いつもより
ノアさんがアケビ騎士団の人と練習試合しているときも、剣の使い方がショーンと似てると思ったけど、まさかあの2人が
「ノア先輩! ……じゃなくて、ノア。次の素振り、僕と一緒に見てもらえないか?」
「分かりました」
他の団員の手前、とノアさんに敬語を使わなくなった団長が、2人に近づく。
団長もノアさんも、それぞれタイプが違う美形の男だから、あそこだけ舞台のように見えるな。
どうやらクールな無表情がデフォルトらしいノアさんは、訓練場の端、みんなの剣が置いてある場所に向かった。
「大丈夫か、ショーン?」
「少し……休ませて……ください……っ」
もはや見慣れた光景だけど、ひざに手をついているショーンの前で、団長は片ひざを地面についてショーンの顔をのぞきこむ。
ああいう、
明るくていい人だし。
「ショーン、素振りではこれを使え」
「……げ」
戻ってきたノアさんがショーンに差し出したのは、ノアさんの黒い剣と対照的な、雪のように白い剣だった。
ショーンはふらふらと顔を上げて、イヤそうな顔でノアさんを見る。
師弟だからいいんだろう、って思うことにした。
「なんで持ってるんですか……部屋に置いてきたのに」
「ショーンが支給の剣なんかを持っていこうとしていたからに決まってるだろう。これ以上にいい剣はないのに」
「変態……」
「その剣、もしかして!」
「えぇ、国一番の
「やっぱり! 僕も同じ職人の剣を使っている。そうか、彼が新しく作ったのか……!」
国一番の鍛冶職人の剣なんて、王族か高位貴族くらいしか買えないんだろうなぁ……。
ショーンがうらやましい。
遠くから3人を見ていると、ふと思うことがあった。
ショーンは、あの赤い髪の短さと、騎士団の制服があってやっと男だと分かる顔をしてると思ってはいたけど……。
ああやって、団長とノアさんの間に挟まれていると、可愛らしい女性にしか見えないな。
ショーンも容姿が整ってるほうだけど、団長とノアさんとは、美しさのベクトルが違うというか。
やっぱりあの顔は、ドレスを着て令嬢に混ざってるほうが似合うよなぁ……。
「って、ショーンに対して失礼か」
「うん?」
「なんでもない。俺たちも素振りの準備しようぜ!」
「……あぁ」
うちの末の弟も、妹たちのおもちゃにされて、ドレスが似合う事実が判明したことを気にしてたし。
男に対して女みたいだって言うのは失礼だよな。
頭を切り替えて剣を取りに行くと、団長とノアさんの指導のもと、素振りの時間が始まった。
「ニック、踏み込みを意識してみるんだ」
「2列目一番右、もう少し上から剣を振ること」
「ネイサン、一呼吸手前で剣を振ってみよう」
「ショーン、手を抜くな。1列目右から2、左足を足ひとつ分左へ」
まるで団長が2人いるみたいに、指示する声が絶え間なく飛ぶ。
ノアさんのほうが言い方は素っ気ないけど。
「トム、前のめりにならないよう気をつけるんだ」
「1列目一番左、右肩を上げろ。ショーン、手を抜くな」
「チッ……」
隣から小さな舌打ちが聞こえてきて、素振りをしながら横目にショーンを見ると、白い剣がスッと振り下ろされた。
剣を戻してもう一度振り下ろすショーンの姿勢はきれいで、一切のブレがない。
お手本を見ているようで、思わず見惚れてしまった。
「いいぞショーン、きれいだ。その調子で。トム、動きが止まっているぞ」
「2列目中央、気持ち腰を落とせ」
素振りを忘れていたことに気づいて、慌てて剣を振り下ろす。
それからも団長とノアさんの指示は絶え間なく飛んだけど……1日の訓練が終わるころ、ひとつ気づいたことがあった。
それは、今日、ショーンが受けた指示は、ノアさんの「ショーン、手を抜くな」だけだったこと。
どうやらショーンは今まで、手を抜いて訓練をしていただけで、色んなことを上手くやれるみたいだ。
……まぁ、体力とか筋力だけは、本当に貧弱だったみたいなんだけど。
ショーンも俺たちと同じレベルだと思ってたからちょっと悔しいけど、頼もしい仲間がいることは、うれしくもあった。
俺も訓練を頑張って、強くなろう!
(※無断転載禁止)