男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。
4,師匠の愛は弟子を離さない
「攻撃してもかまわないぞ」
「イヤです。……じゃなくて、アケビ騎士団の元エースさまに反撃するすきが、あるわけないじゃないですかっ」
しゃべりながらも鋭く切りかかってくるノアに舌打ちをしたくなって、ぐっと奥歯をかむ。
このむかつきを反撃に変えてやりたい気持ちはあるけれど、
かと言って、このままノアの好きにさせるわけにもいかない……。
打ち合いを終わらせるには、ノアの攻撃を緩めないと。
そのためには、反撃するフリをすればいい。
私に受け流しだけを教えたノアの剣術にも、もちろん真っ向からのガードなんて選択肢はない。
私が攻撃する素振りを見せれば、ノアは受け流しの体勢に移りやすいよう、攻撃の力を抜く。
「やっぱり、前言撤回」
ノアだけに聞こえるように、小声でそう言うと、ノアはうれしそうに笑った。
その顔の美しさがまた憎らしいのだけど、ノアが剣を振り下ろすのを見て、私は下から切り上げる体勢をとる。
ノアの剣筋と方向を合わせれば、一見して攻撃を受け流そうとしているように見えるはず。
反撃しようとしていることに気づくのは、何回も剣を
私の予想通り、振り下ろす剣から力を抜いたのを、少し引いたノアの上体を見て悟ると、私は右手を剣の腹に添えた。
それから一息遅れて剣を押し出しつつ、右足を体のうしろに引いて、左足もうしろに引く。
わざと左足のかかとを右足に当てると、私は「わっ」と声を上げて上体をうしろに倒した。
このまま転べば、怪我をせず、負けたことにできる……!
「はぁ」
笑ってしまわないようにだけ気をつけて受け身をとる準備をすると、目の前を剣先が通りすぎて、ノアが一歩分私に
剣から離した右手が私の腰に回り、地面から遠ざけるように抱き寄せられる。
「サボるために頭を使うその性格は変わらないな、シャノン」
体が密着した一瞬に、耳の横でささやかれて、視線をそらした。
ノアがうちの屋敷を出ていってから、まだふた月も経ってないんだし、当然でしょ。
私の体勢を立て直させたノアは、私の腰から手を離すと、黒い剣をサヤに収めながら言った。
「あっさり負けてしまうとは、心配だな。ショーンにはまだ俺が必要なようだ」
「……は?」
ノアは私と目を合わせて、ふっと
「可愛い
……んん? ノアは今、なんて言ったの?
「ほ、本当ですか、エクルストンどの! アケビ騎士団に戻って――」
「ショーンはマリーゴールド騎士団の所属なんだろう」
無表情で素っ気なくアケビ騎士団の人を振ったノアは、私の手をつかむと、どこかへ歩いていく。
混乱……というより、ノアの言葉を理解したくなくて、思考を停止していると、ノアはオレンジ色の制服を着た集団の前で足を止めた。
私たちの目の前には、アリスター団長がいる。
「昇進おめでとうございます、アリスター団長。俺を、マリーゴールド騎士団に入れてくれますね」
「……はっ?」
まさかうちに入ってくる気なの、この人!?
「ノア先輩……」
ノアの横顔をガン見していると、アリスター団長がしゃべった。
ノアが夜空に輝く月だとすると、青空に輝く太陽のような容姿をしたアリスター団長は、驚いた顔を仕舞うと……。
瞳をキラキラと輝かせて、にっこり、まぶしく笑う。
「もちろんです! お帰りなさい」
「どうも」
アリスター団長のキラキラっぷりに巻き添えダメージを食らっていると、素っ気なく答えたノアが、私を見て美麗に微笑んだ。
「これからはずっと一緒だ、ショーン」
……冗談じゃない。
「ノア先輩が笑うところ、今日初めて見ました。ずっと剣術が似てると思っていたんですが、ショーンはノア先輩の弟子だったんですね!」
「えぇ、去年教えていました。ショーンの剣は、すみからすみまで俺色に染めましたから」
手を離して頭をなでられ、パシッとノアの手を払い落とした。
気持ち悪いことを言わないで欲しい。
顔をしかめたくなってそっぽを向くと、トムがぎょっとした顔で私を見ていた。
口パクでなにか言ってる……?
“は、く、しゃ、く”。
“伯爵家の人に……”?
「……あ」
そういえば、ノア・“エクルストン”なんだったっけ。
自分より上位の貴族を敵に回すと生活が立ちいかなくなるからなぁ……。
下手すると家を潰されるし。
「失礼いたしました、エクルストンさま」
1年間無礼な態度をとっておいて今さらだとは思うけど、かしこまって謝っておくと、ノアは「知ってしまったのか」とつぶやく。
「かしこまらなくていい。俺は家を出た身だ」
「そうですか、それじゃあ遠慮なく」
今まで通り接させてもらおう。
どうせノアだし。
顔を上げると、アリスター団長と視線が交わって、あ、と気まずくなる。
怒られるかなぁ……実力を隠していたこと。
怒られるよね……先に謝っておこう。
「アリスター団長。隠していて申し訳ございませんでした」
「いいや、かまわない。ノア先輩の弟子を部下に持てて、僕は幸せ者だ」
にこっと、毛ほども気にしていないような笑顔を返されて、拍子抜けした。
アリスター団長……懐が広いなぁ。
これで、周りの騎士たちの注目を一手に集めていなければ、“一件落着”で終われたのだけれど。
落ちこぼれ騎士団にノアの弟子がいて、ノア自身も落ちこぼれ騎士団に……なんて、しばらくさわがしくなるんだろうなぁ。
頭が痛くなりそうな未来を思って、私はこっそりため息をついた。
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