男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

2,ショーンのあこがれの人?

約2,300字(読了まで約6分)


 アケビ騎士団の訓練場を出てすぐ、いい隠れ場所を探して辺りを見回していると、うしろから「ショーン」と呼ぶ声がした。

 このハキハキした声は……まさか!


「どこに行くんだ?」


 振り返ると、予想通りの人物……アリスター団長がこちらに向かって歩いてくる。


「あ、アリスター団長……その、少々忘れ物をとりに……?」


 なんで気づかれたの……っ!?
 それに団長どの(みずか)ら呼び戻しにくるなんて……適当にあしらえないじゃん!


「今必要なものか?」


 きょとんとした顔で聞かれて、私は冷や汗を隠すように、笑顔でこくこくうなずいた。


「はい、それはもう!」

「そうか……」


 アリスター団長は不思議そうな顔をしたまま、私を頭からつま先までながめる。
 そして、パッと笑みを浮かべた。


「分かった、剣をとりに行く気だろう!」

「え?」

「前から思っていたんだが、ショーンの剣術はノア先輩にそっくりだからな。あこがれの人と手合わせしてみたいんだろう?」

「はっ?」


 あこがれの人って、まさかノアのこと!?
 急展開する話についていけない私へ、アリスター団長は、ぐっと拳を握ってみせる。


「剣はアケビ騎士団から借りればいい。僕が話をつけよう!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、アリスター団長!」


 ノアと試合なんて最悪の展開だから!
 この人を今すぐ止めないとっ!


「カルヴァート団長どの! お話し中失礼します、マリーゴールド騎士団にショーンという名の新人はいませんか?」


 私がしゃべる前に声をかけてきたのは、紫色の制服に身を包んだ、アケビ騎士団の男性。

 どうしてアケビ騎士団が私の名前を……!?
 い、イヤな予感がする……!


「うん? ショーンなら、ちょうどここにいるが」

「彼が……?」


 アケビ騎士団の男性は、私をじろじろと見て、いぶかしむような顔をする。


「分かりました。……念のため来てもらえるか? エクルストンどのがショーンという者を探している」


「うっ……」


 よりによって私に会いにきたの!?
 いや、お兄さまに会おうとしてるのかもしれないけど……!
 もう、イヤな予感が当たっちゃったじゃん……!


「ショーンを? まぁ、ちょうどよかった。失礼だが、練習用の剣を1本貸してもらえないか?」

「剣を1本、ですか?」

「あぁ。ショーンがノア先輩と手合わせしたがっていてな」

「アリスター団長っ……!!」


 そんな事実は一切ないです!
 お願いですから笑顔で妄想を言いふらすのはやめてください!


「……エクルストンどのが了承されれば、よろしいですよ。我々も、ショーンという者を探す代わりに試合をしてもらっていますから」

「そうだったのか。それにしても、不思議だな。ノア先輩がどうしてショーンを……」

「じ、じ、自分は少々腹が痛いので、失礼してもよろしいですかっ」

「緊張しているのか? 大丈夫だ、ショーン。僕も一緒に話をするから」


 違うんですぅぅぅ……っ!

 くっ、強引に逃げることはできるけれど、それだとあとが面倒なことになる……!
 ここは大人しくノアに会って、なにか言われる前に口止めする……!?


「……だ、大丈夫です。あの、ノア……さんのところには行くので、1人で話をさせてもらえませんか」

「ふむ……僕はかまわないぞ」


 あごに手を当てたアリスター団長は、にこっと笑って了承してくれた。
 ひとまず、直属の上司に即身バレ(の可能性がある)コースは回避できてよかった……。


「きみが、エクルストンどのが探している者であればかまわない。では、行くぞ。……失礼いたします、カルヴァート団長どの」

「あぁ、よろしく頼む!」


 心労を抱えながら、私はアリスター団長に礼をして、アケビ騎士団の男性についていった。
 人混みの間を()って訓練場の中央に出ると、ノアは体格がいい騎士の重そうな一撃を剣の腹で受け流して、手首を返していた。
 鋭い反撃が飛んだにも関わらず、相手はノアの動きを読んでいたのか、バックステップで()ける。
 しかし、ノアは空いた距離を詰めるように、すぐ前へ出て左下から切り上げた。

 そこで相手が瞬時にガードできたのは、腕が立つ証だろう。
 それでも、“天才”なノアは、まばたきの合間にくるりと反転して、右上から素早く剣を振り下ろす。
 心の臓が1回脈を打つ()よりも速い、正反対の方向からの追撃に反応できる者はなかなかいない。
 ノアよりもはるかに年上に見える相手の騎士は、目だけをノアの剣に向けて動きを止めた。


「……参りました。腕は鈍っていませんね」

「騎士団を辞めて、剣に触れなくなったわけじゃない」


 ノアは寸止めした剣を、剣身と同じく黒いサヤに収めて、こちらに振り向く。


「あ……お疲れさまです、ショーンという名の者を1人連れて参りましたが……」


 ひとつに結んだつややかな黒い髪を左肩の前に流したノアは、切れ長の瞳をまっすぐ私に向けると、ふっと微笑(ほほえ)んだ。
 屋敷にいた女性の使用人は、みんなそろって赤面し、硬直した顔面兵器だ。


「シャ――」


 バカッ!!

 私は全力で地面を蹴って、ノアの口を両手でふさいだ。
 ここで“シャノン”とは、絶対に言わせないから……っ!


「初めまして、ショーン・ローズと申します。“ショーン”をお探しだとうかがいましたが、自分のことではありませんよね。失礼いたします」


 ことさら愛想のいい顔を、と意識してにっこり笑いながら、私はノアにしゃべるすきを与えず、別れのあいさつまで終える。

 これで、私がノアと面識があることを明かしたくないという気持ちは伝わったよね?
 よけいなことを言ったら許さないから……。

 私は笑顔をキープしたまま、そっとノアの口から手を離した。


第2章 2人の天才剣士

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