男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

1,アケビ騎士団の元エース

約2,000字(読了まで約5分)


Side:―――

 シャノン・ローズが住まう王国には、5つの騎士団……否、今となっては6つの騎士団が存在する。
 今年より新設されたマリーゴールド騎士団。
 高位貴族が集まる、スイセン騎士団。
 その他にも、シクラメン、カンパニュラ、カラスウリ、と騎士団があり……。
 なかでも、王国最強の騎士団と言われているのが、紫色の制服を身にまとう精鋭(せいえい)・アケビ騎士団だった。

 そんなアケビ騎士団の騎士たちが、ランニングにはげむ訓練場にて。
 城門から迷いなく歩んできた足を止めた黒髪の男は、身にまとったローブを払って、すぅ、と息を吸った。


「ショーン」


 よく通るその声を耳にした騎士たちは、ぱらぱらと訓練場の入り口を見る。


「ん……? お前は!?」

「いるんだろう、俺の愛弟子(まなでし)よ。お前が入るなら、精鋭のアケビ騎士団以外ない」


 男はゆるりと口角を上げて、切れ長の瞳を騎士たちに向けた。
 それは、王国最強と言われるアケビ騎士団の中でも、トップクラスに腕が立つ若きエースの、帰還(きかん)の瞬間だった。


****
Side:シャノン・ローズ

 配属初日に私たちの訓練場へ訪れたスイセン騎士団に一泡吹かせてから、マリーゴールド騎士団の日常は平穏そのものだった。
 理由を付けてサボるつもりだった訓練は、アリスター団長につかまったり、トムたちにつかまったりして、まったくサボれていないけれど。


「みんな、昼からの訓練は一旦休みだ! いいものを見に行こう」

「団長、“いいもの”ってなんですか?」


 訓練が……休み!
 やった、と喜びをかみ()めていると、アリスター団長が質問に答える声が聞こえる。


「数年前まで、アケビ騎士団のエースだった人が訓練場に来ているそうだ。今、アケビ騎士団と練習試合をしているらしい」


 あの精鋭集団と有名な、アケビ騎士団のエース……?
 ということは、全騎士団員を合わせてもトップクラスに腕が立つ人、なのかな。

 見ると、アリスター団長は瞳をキラキラさせていた。


「みんなで見学に行くぞ!」


 ということで、私たちはアケビ騎士団の訓練場へ、元エースとやらの試合を見学しに行くことになった。
 訓練がなくなるなら、私はなんでもいいんだけど。

 すっかり、いつもの顔ぶれになったトム、ネイサン、ニック先輩と一緒に移動すると、色とりどりの制服を着た人混みに迎えられた。
 アケビ騎士団の訓練場は、うちの訓練場の3、4倍はありそうな広さだ。


「うわ、アケビ騎士団の訓練場、広いな……!」

「……うちが、狭いんだ」

「僕たちもこれくらい広い訓練場で、のびのびと体を動かしたいものだね」

「訓練場の広さなんてどうでもよくないか?」


 というか、狭いほうがいいに決まってる。
 こんな広い訓練場を毎日走り回るとかイヤだ!


「他の騎士団も見学に来てるな。みんな、広がりすぎないように! ……あ、いた、あのローブを着ている人だ!」


 いろんな騎士団の人が集まる訓練場の中央で、キィンッ、キィンッと剣を(まじ)える音が鳴る。
 それほど興味はなかったけれど、アリスター団長の声を聞いてローブの人物を見ると、ひとつに結ばれた黒い髪がふわりと浮いて。
 半歩下がった動作の中で、夜の闇よりも黒い剣が水平に構えられた。
 突きだ、と察知した相手を裏切るように、ローブの男性の手首は、くいっと曲げられて、水平の斬撃(ざんげき)が飛ぶ。

 突きに備えて防御していた相手はその一撃をもろに食らう……ところだったけど、ローブの男性が寸止めしたことによって、試合が終わった。


「あの人が、王国一の天才剣士とささやかれていたアケビ騎士団の元エース、ノア・エクルストンだ」

「げっ……」


 アリスター団長が名前を口にするのと同時に、ローブの男性の美しい顔が見えて、半歩あとずさる。
 ノアがどうしてここに……!?

 休むことなく、次の相手と試合を始めた黒髪の美丈夫は、去年1年間、私に剣の指導をしていた師匠その人だった。


「見ろ、アリスター・カルヴァートどのがいるぞ。王国の二大騎士が2年ぶりにそろったな」

「エクルストンどのが規則を嫌って騎士団を辞めていなければ、今も2人の名声がとどろいていたんだろうな」

「カルヴァートどのは今でも活躍しているではないか。たった19歳にして団長に昇進したのだから」

「しかし、マリーゴールド騎士団は……」


 ひそひそと、うわさ話をする声が右から左へと抜けていく。

 ノアがアケビ騎士団の元エース!?
 ノアって騎士だったの!?
 というか、“エクルストン”って伯爵(はくしゃく)家じゃない!
 ノアが貴族だなんて私は聞いてないし、侯爵(こうしゃく)の次に高貴な身分だなんてもっと聞いてない!

 はっ、そんなことよりも、今はこの場から退散しないと……!
 ノアに見つかって私が女だってバラされたら、今までの苦労がパァになる!

 私は、そぉっと、そぉっと、忍び足でうしろに下がって、姿勢を低くしながら、静かにアケビ騎士団の訓練場を出ていった。
 マリーゴールド騎士団の仲間にも、ノアにも見つからないように、どこかへ逃げなきゃ!


第2章 2人の天才剣士

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