男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。
10,練習試合の行方 は…
「また負けだな……」
ため息混じりのひそひそ声があちこちから聞こえてくる。
マリーゴールド騎士団の誰も、スイセン騎士団に勝てると期待していないのが、表情や声色からうかがえるようになってきた。
それどころか、笑いをこらえきれていないスイセン騎士団を見て、みんな悟っただろう。
この練習試合は、スイセン騎士団が私たちマリーゴールド騎士団をいたぶるために、持ちかけられたものだと。
「ショーン、最後はきみだ!」
……いや、1人だけ暗い顔をしていない人がいた。
スイセン騎士団、ひいてはキース団長の真意を分かっているのかいないのか、アリスター団長は笑顔で私に声をかける。
「訓練の疲れは、充分にとれたか?」
「……はい」
この人は、私を回復させるために、私の出番を最後にしてたんだ……。
いつもより少し落ち着いた、優しい笑みを浮かべて、アリスター団長は私に剣を渡す。
「きみの剣筋はきれいだった。これは練習試合だ、負けても失うものはない。だから……」
私が剣を受け取ると、アリスター団長は柄の頭に手を乗せた。
そして、剣に力を込めるように、目を伏せる。
「安心して、今の全力を出してこい」
スッと、まぶたの裏から姿を現した瞳は、決して折れない
私が苦手に思う、疲れそうなほどの快活さが、なりをひそめているからか……キラキラして見えるのに、ドキッとする。
「……はい」
これまでうちが0勝だったのを考えると、ここで私が勝って注目を集めるというのは避けたいから、全力を出す気はないけれど。
私はアリスター団長の力が伝わってくる剣を握って、訓練場の中央に向かった。
同じく、前に出てきた騎士は、長身で、リーチによる不利がパッと見でも、うかがえる。
「はっ……」
相手も身長差から自分の勝ちを悟ったのか、顔を合わせてそうそう、鼻で笑った。
あぁ、本当にむかつく……。
あのころから、私は目にしてきた剣士の動きを
それを私の才能だと言ったのは、1年前に現れた剣の師匠・ノアだ。
私が剣術を学んだのは、それが唯一、時間を費やしても苦にならない行為だったから。
「よろしくお願いします」
令嬢らしく、毒気を笑顔の裏に隠すと、長身の男性はほんのりとほおを赤く染めた。
「それでは、始め!」
審判の合図で我に返った様子の相手は、スタンダートに右から切り下ろしてくる。
目でとらえられる速さだし、やろうと思えば弾いてしまえるけど……。
私は怪我を負わない程度に、遅れて受け流した。
その反応速度を見て勝ちを確信したのか、にやっと笑って、相手の男性は下から私の剣を弾く。
ガードを崩されてがら空きになった私の胸へと、相手の剣先が迫ってきた。
刃は潰されているとは言え、こんなのをまともに食らったら痛いに決まってる。
「っと……」
弾かれた勢いで、頭上へと飛ばされた剣の重さによって、うしろへ倒れた……という
ブンッと、剣にまとわりついた風が私の髪を揺らした。
「運のいいやつだな」
どうも、と心の中で答えて、私はうしろへとよろけたふうを装って体勢を整え直す。
次の攻撃は
そうして、受け流すか、まぐれ
「チッ……お前、姉か妹はいるか」
「……妹が1人」
外野には聞こえないだろう、小さな声に答えると、長身の男性は片方の口角をつり上げた。
「男のお前でさえ、きれいな顔をしてるんだ。妹はさぞかし美しいのだろうな」
「はあ……どうも」
なに、
「俺は
「……愛人?」
どういうつもりかと思えば、そんなくだらないこと。
妻なら一考はしたのに、最初から“愛人”だなんて……私をなめすぎじゃない? この男。
取引が成立したと思ったのか、剣を振り下ろしてくる男を見て、顔を
上手く力が入らない位置を見計らって剣をぶつけると、男の剣は手からすり抜けて宙を飛んだ。
剣を手放すほど上手くいくとは思っていなかったけれど……私はおどろいた顔を作りながら、無防備な男の胸に剣先を突き付ける。
「「……」」
しん、と
「……勝者、マリーゴールド騎士団」
ぽつりとつぶやいた審判の声を聞いて、私は剣を下ろした。
……ざまぁみろ。
「……ショーン、すごいぞ! 勝った、勝ったっ!」
「わっ、団長!?」
そのまま、両手でわしゃわしゃと頭をなでられて、ぎょっとする。
練習試合にまぐれ勝ちしただけで、そこまでする!?
「すごい、すごいぞショーン! よくやった!」
「ぐ、偶然相手が剣を手放してくれたからですよ……」
「ショーンのガードで飛ばされたんだ! この勝ちは間違いなくショーンの力だ!」
まるで自分が強敵に勝ったかのように、うれしそうに笑うアリスター団長の顔を見ると、どぎまぎしてしまう。
あまりに無邪気な笑顔に、毒気を抜かれそうになった。
「あ、ありがとうございます……」
「ショーン、本当によくやった。部下の初勝利を目にすることができて、僕も
頭をなでながら、ひたいを近づけるように顔を寄せたアリスター団長が、目を細めて笑う。
思わずドキッとした胸を隠すように、私は目をそらしながら「まぐれですから」と言った。
そのうち、トムたちもかけ寄ってきて、一気に周りがさわがしくなったことで、私はしかめっ
大はしゃぎするこのノリ、やっぱり苦手だ……!
こうして、私たちマーゴールド騎士団に訪れた第一の試練は、相手に一杯食わせて、終えることができたのだった。
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