男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

10,練習試合の行方(ゆくえ)は…

約2,500字(読了まで約7分)



「また負けだな……」


 ため息混じりのひそひそ声があちこちから聞こえてくる。
 マリーゴールド騎士団の誰も、スイセン騎士団に勝てると期待していないのが、表情や声色からうかがえるようになってきた。
 それどころか、笑いをこらえきれていないスイセン騎士団を見て、みんな悟っただろう。
 この練習試合は、スイセン騎士団が私たちマリーゴールド騎士団をいたぶるために、持ちかけられたものだと。


「ショーン、最後はきみだ!」


 ……いや、1人だけ暗い顔をしていない人がいた。
 スイセン騎士団、ひいてはキース団長の真意を分かっているのかいないのか、アリスター団長は笑顔で私に声をかける。


「訓練の疲れは、充分にとれたか?」

「……はい」


 この人は、私を回復させるために、私の出番を最後にしてたんだ……。

 いつもより少し落ち着いた、優しい笑みを浮かべて、アリスター団長は私に剣を渡す。


「きみの剣筋はきれいだった。これは練習試合だ、負けても失うものはない。だから……」


 私が剣を受け取ると、アリスター団長は柄の頭に手を乗せた。
 そして、剣に力を込めるように、目を伏せる。


「安心して、今の全力を出してこい」


 スッと、まぶたの裏から姿を現した瞳は、決して折れない(つるぎ)を思わせる、静かな力強さをたたえていた。
 私が苦手に思う、疲れそうなほどの快活さが、なりをひそめているからか……キラキラして見えるのに、ドキッとする。


「……はい」


 これまでうちが0勝だったのを考えると、ここで私が勝って注目を集めるというのは避けたいから、全力を出す気はないけれど。
 私はアリスター団長の力が伝わってくる剣を握って、訓練場の中央に向かった。

 同じく、前に出てきた騎士は、長身で、リーチによる不利がパッと見でも、うかがえる。


「はっ……」


 相手も身長差から自分の勝ちを悟ったのか、顔を合わせてそうそう、鼻で笑った。
 あぁ、本当にむかつく……。

 男爵(だんしゃく)家の長男のくせに、平民にいじめられていたお兄さまを守るため、木の棒を手に取った幼いころを思い出した。
 あのころから、私は目にしてきた剣士の動きを真似(まね)て、体の一部かのように木の棒……剣を振り回して生きてきた。
 それを私の才能だと言ったのは、1年前に現れた剣の師匠・ノアだ。

 私が剣術を学んだのは、それが唯一、時間を費やしても苦にならない行為だったから。


「よろしくお願いします」


 令嬢らしく、毒気を笑顔の裏に隠すと、長身の男性はほんのりとほおを赤く染めた。


「それでは、始め!」


 審判の合図で我に返った様子の相手は、スタンダートに右から切り下ろしてくる。
 目でとらえられる速さだし、やろうと思えば弾いてしまえるけど……。
 私は怪我を負わない程度に、遅れて受け流した。
 その反応速度を見て勝ちを確信したのか、にやっと笑って、相手の男性は下から私の剣を弾く。

 ガードを崩されてがら空きになった私の胸へと、相手の剣先が迫ってきた。
 刃は潰されているとは言え、こんなのをまともに食らったら痛いに決まってる。


「っと……」


 弾かれた勢いで、頭上へと飛ばされた剣の重さによって、うしろへ倒れた……という(てい)を装って、腰をそらせながら一撃をかわす。
 ブンッと、剣にまとわりついた風が私の髪を揺らした。


「運のいいやつだな」


 どうも、と心の中で答えて、私はうしろへとよろけたふうを装って体勢を整え直す。
 次の攻撃は()鋭い突きだったので、これまた遅れて剣の腹で受け流した。
 そうして、受け流すか、まぐれ()けをくり返して負けどきを見計(みはか)らっていると、相手のほうがいらだってきたようで。


「チッ……お前、姉か妹はいるか」

「……妹が1人」


 外野には聞こえないだろう、小さな声に答えると、長身の男性は片方の口角をつり上げた。


「男のお前でさえ、きれいな顔をしてるんだ。妹はさぞかし美しいのだろうな」

「はあ……どうも」


 なに、()め殺して、すきでも作る気?


「俺は伯爵(はくしゃく)家の人間だ。お前の妹を愛人にしてやるから、抵抗はやめろ」

「……愛人?」


 どういうつもりかと思えば、そんなくだらないこと。
 妻なら一考はしたのに、最初から“愛人”だなんて……私をなめすぎじゃない? この男。

 取引が成立したと思ったのか、剣を振り下ろしてくる男を見て、顔を(そむ)けながら横にした剣を突き出す。
 上手く力が入らない位置を見計らって剣をぶつけると、男の剣は手からすり抜けて宙を飛んだ。
 剣を手放すほど上手くいくとは思っていなかったけれど……私はおどろいた顔を作りながら、無防備な男の胸に剣先を突き付ける。


「「……」」


 しん、と静寂(せいじゃく)が走り抜けた。


「……勝者、マリーゴールド騎士団」


 ぽつりとつぶやいた審判の声を聞いて、私は剣を下ろした。
 ……ざまぁみろ。


「……ショーン、すごいぞ! 勝った、勝ったっ!」

「わっ、団長!?」


 悪童(あくどう)のように舌を出してやりたくなって、やらかす前に背を向けると、アリスター団長が笑顔でかけ寄ってきた。
 そのまま、両手でわしゃわしゃと頭をなでられて、ぎょっとする。
 練習試合にまぐれ勝ちしただけで、そこまでする!?


「すごい、すごいぞショーン! よくやった!」

「ぐ、偶然相手が剣を手放してくれたからですよ……」

「ショーンのガードで飛ばされたんだ! この勝ちは間違いなくショーンの力だ!」


 まるで自分が強敵に勝ったかのように、うれしそうに笑うアリスター団長の顔を見ると、どぎまぎしてしまう。
 あまりに無邪気な笑顔に、毒気を抜かれそうになった。


「あ、ありがとうございます……」

「ショーン、本当によくやった。部下の初勝利を目にすることができて、僕も(ほこ)らしい!」


 頭をなでながら、ひたいを近づけるように顔を寄せたアリスター団長が、目を細めて笑う。
 思わずドキッとした胸を隠すように、私は目をそらしながら「まぐれですから」と言った。

 そのうち、トムたちもかけ寄ってきて、一気に周りがさわがしくなったことで、私はしかめっ(つら)を隠せなくなった。
 大はしゃぎするこのノリ、やっぱり苦手だ……!

 こうして、私たちマーゴールド騎士団に訪れた第一の試練は、相手に一杯食わせて、終えることができたのだった。


第1章 マリーゴールド騎士団

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