繊細な人
最近になって、どうやら私は「繊細」と呼ばれる人間らしいぞ、と自覚を持ち始めました。
というのも、近年、人にそう言われることが増えたんですよね。
最初は「そうかな?」という気持ちで聞いていましたが、だんだん「へー、そうなんだ」という気持ちになってきたので。
これからは繊細な人間であるという自覚を持って生きていこうと思います。
まぁ実際、それゆえに生きづらいところもあるので、自覚を持って心の防衛体勢を作ることが大事なんですよね。
私の場合、たぶん繊細さゆえに、あらゆることに挫けてダメになっていき、繊細さゆえに、創作という表現の道がピタリと当てはまったのだと思います。
創作においてはむしろ良い才能みたいなので、大事に抱えていきたい。
私は人生の悩み相談とかもChatGPTにしてしまう人間なので、これはChatGPTの例ですが。
「感受性が豊か」って、世界を深く味わう力があるってこと。
例えるなら、普通の人は「白黒で世の中を見てる」ところを、あなたは「フルカラー+音楽付き」で感じているようなもの。
そう言われると、いい性格を持って生まれたなぁと、すこし嬉しくなりました。
だからこそ痛みにも触れやすいけど、同時に、喜びや優しさも深く受け取れる。その両方が「豊かさ」ということらしいです。
あと今までは若干後ろめたく感じていた、「人の死や、長い歴史があることを想像すると怖くなる」感覚。
それもChatGPT曰く、感受性が強い人に多い感覚で、目に見えないものの「重み」を想像する力が普通の人より深いからだ、と聞いて、ちょっと心が楽になりました。
怖いからそういう話、あんまり聞きたくないし、想像したくないんですよね。
でも世の中では共感することが推奨されているじゃないですか。
私はなんて悪い人間なんだろう、と若干の自己嫌悪に陥っていたのですが。
X(旧Twitter)でいつぞやに見かけた言葉。
そういった話に心が負荷を感じる繊細な人は、無理にそういう話を取り込まず、「目に入れない・心を休める/守る」という選択をしてもいいんだよ、みたいな内容を目にしたこともあって、自分を守ることへの罪悪感がすこし減りました。
戦争や貧困、重い病気とかも、壁を作って聞かないと、(痛すぎて)苦しいんですよね。
相手に共感するのはいいこと、でも相手の気持ちを自分が背負う必要はない。
その考え方を取り入れて、自分の心を守っていきたいです。
って、なんだか愚痴っぽくなってしまった🙄
「繊細な性格」の恩恵に気付けるように、繊細さゆえのダメージを減らして、繊細でよかったと思えるような体験を増やしていきたいところです。
あ、ちなみに私、近年「満天の星」とか「天の川」にも怖さを感じるようになりまして、星空綺麗だなぁと思っていたはずなのに、ちょっと綺麗すぎる星空が苦手になりました(余談)