3,恋するタイムリープ―後―
「ごめん! 江奈が今日にもどってきちゃったのは、このタイムマシンのせいなんだ!」
「えっ!?」
なんで急にあやまられてるの!? それに今、あの時計のことタイムマシンって言った!?
おどろきと混乱が一緒くたにおそってきて、私は変に身構えた状態で固まる。
つかさはゆっくりと頭を上げながら、手に持った時計を見下ろして重く口を開いた。
「もう、1年近く前になるかな。江奈とのデートで失敗しちゃって、もう一度今日をやり直したい、って思ってたときに、とつぜんこの時計が現れたんだ」
「え……?」
私とのデートで、失敗? そんな記憶、ないけど……。
パチパチとまばたきをする私の前で、つかさは告白を続ける。
「そのときはね、手紙がそえてあって。子どもが書いたみたいな字で、“おじいちゃんへ”って書かれてたんだ」
「お……おじいちゃん?」
つかさは今年22歳、どう考えても孫がいるような年齢じゃない。
私は口をポカンと開けながら、時計を見つめているつかさをながめた。
「“1日だけまきもどれる、ぼくのタイムマシンをあげる。おじいちゃんのユメをかなえてね”って。最初は信じてなかったんだけど……」
「う……うん」
ゴクリとつばを飲みながらうなずくと、つかさは時計を裏返して、背面にあるボタンを私に見せる。
「適当にこのボタンを押したら、本当に“昨日”にもどれて。デートをやり直すことができたから、夢を叶えるためにこれを使うことにしたんだ」
「夢……って?」
一日だけ巻きもどれるタイムマシンを使って叶えたい夢って、なに……?
首をかしげると、つかさは私と目を合わせて、眉を下げながらほほえんだ。
「江奈の理想をなんでも叶えてあげられる、完璧な彼氏になること」
「えっ……」
目を丸くした私から床へと、つかさは視線を落とす。
たしかに、つかさは口にしていなくても私の理想を叶えてくれる、夢みたいな彼氏だった。
それは、去年から抱き始めた印象だった気がする。
「ごめん。このタイムマシンを使って何回もやり直さないと、完璧な彼氏になれないこと、江奈に知られたくなくて……」
つかさはうつむいたまま、「今日の夜は、このタイムマシンを洗面台の下に隠しておくつもりだったんだ」と正直に打ち明けてくれた。
まさか、つかさがそんな夢を持っていたなんて……。
それに、タイムマシンを使って、今まで“夢みたいな彼氏”でいてくれたなんて。
そんなこと、気づきもしなかった。
「今だって、江奈に気づかれる前にもどろうって、こっそりこのタイムマシンを使うつもりだった。本当に……ごめん」
「……そっか。うん、それは怒る」
「ごめん……」
よけいにうつむいて、謝罪の言葉しか口にしないつかさを見ると、ため息がこぼれるのと同時に、ほおがゆるむ。
私はつかさに近づいて、子ども用の時計にしか見えないタイムマシンを取り上げた。
「完璧じゃなくたっていいんだよ。本当につかさは、今まで私の理想を叶えてくれる夢みたいな彼氏だった。でもね、今みたいに不器用なところも好きなんだ」
「江奈……」
つかさは顔を上げて、目を大きく開く。
“完璧な彼氏”になろうとしてくれていたつかさに笑顔を向けて、タイムマシンをつかさのベッドの上に置いた。
空いた両手をつかさの背中にまわし、今の気持ちが伝わるように、ぎゅうっと抱きつく。
「大好きだよ。1人でやり直したりなんてしないで。私はつかさとの思い出、失敗もふくめてぜんぶ覚えていたい。つかさだけ覚えてるなんて、ずるっこでしょ?」
「っ……ごめん、江奈、ごめん……!」
私を抱きしめ返してあやまるつかさの声に、しめり気が混じっていることに気づいて、私は笑いながらつかさの背中をトントンとたたいた。
「うん、許してあげる。今まで夢みたいな彼氏でいてくれてありがとう、つかさ。これからは等身大の私たちでいよう?」
「うん……っ。もう、タイムマシンは使わない……!」
つかさはぎゅううっと私を抱きしめながら、そう口にする。
彼氏にこんなに想われてるなんて、私はなんてしあわせな彼女なんだろう。
胸に広がる温かい気持ちも抱きしめるように、私はしばらくつかさと抱き合っていた。
どちらからともなく、自然と体を離して笑い合ったあと、私はベッドの上から時計型のタイムマシンが消えていることに気づいた。
「あれ? 私、あそこにタイムマシン置いたよね?」
「う、うん……なんでだろう。消えちゃった、ね」
つかさも目を丸くしてベッドを見たあと、首をかしげながら私と顔を見合わせる。
つかさがタイムマシンを使わないって決意したから、消えちゃったのかな……?
「うーん……そもそも、なんでつかさの前にタイムマシンが現れたんだろ。タイムマシンが出来るのは50年後のはずなのに」
「え、50年後って?」
あごに手をあてて考えこんでいると、つかさにふしぎそうな顔を向けられた。
そういえば、私が昨日にもどってきちゃったから、つかさは私とすごした昨日の記憶がないんだっけ。
「昨日の……ああえっと、今日の夜にね、テレビで言ってたんだ。50年後にはタイムマシンが完成するって」
「へぇ……そうなんだ。50年後って言ったら、僕たちが70代になるころだね」
「うん」
うなずきながら、眉を下げる。
昨日のしあわせな思い出が私だけのものになっちゃったなんて、悲しいな……。
そうだ、今日の誕生日も、今のつかさと一緒にめいっぱい楽しもう!
そう決意して笑みを浮かべると、つかさが「あっ」と声を出した。
「つかさ? どうしたの?」
「タイムマシンにそえてあった手紙……“おじいちゃんへ”って、そういうことかも」
「そういうこと? ……あ!」
50年後にはタイムマシンが出来る。
そのとき、私たちは七十代……孫がいたって、おかしくない年齢。
私は気づいた可能性に目を見開いて、つかさの顔を見つめた。
「もしかして……あのタイムマシン、私たちの孫から
「かもしれない、ね」
つかさはうれしそうに、くしゃっと笑う。
もしも、この仮説が本当なら。私たちは将来結婚して、おじいちゃんおばあちゃんになるまで一緒にいるのかもしれない。
70代になるころには、孫だっていて。
つかさの夢を聞いた孫が、今の私たちに、タイムマシンを贈ってくれるのかも。
「わぁ……っ、夢みたい! 私たち、しあわせ者だね」
「うん」
つかさは笑顔で、深くうなずいた。
思いついたこの可能性が、これから先の未来で本当に起きることかはわからない。
それでも、そんなしあわせな未来があるのなら、夢じゃなく、現実にしたいから。
「ねぇ、つかさっ。遊園地、行こ! もう一回今日を楽しんで、しあわせな思い出をいっぱい作ろう!」
「え……うん、そうだねっ」
一瞬、あっけにとられたようすだったつかさは、すぐにうなずいて、笑顔で私の手を引いた。
その日をさかいに、つかさは“完璧”な理想の彼氏ではなくなった。
でも、誰よりも私を想ってくれる、私だけの不器用な彼氏であることは、今も昔も、変わらない。
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