1,恋するタイムリープ―前―
私の彼氏は、私が思い描いた理想を言わずとも叶えてくれる、夢のような存在。
上京して一人暮らしを始めた大学生活も3年目、20歳の節目をむかえる誕生日を彼氏のつかさとすごした今日は、しあわせそのものだった。
《ええ、それじゃあタイムマシンが現実のものになるかもしれないんですか?》
《はい。50年後にはおそらく。巻きもどる時間を限定すれば、もっと早くタイムマシンが完成する見こみです》
ソファーの正面に置かれたテレビから、サイエンス番組のトークが流れる。
とっぷりと闇に暮れた空の下、私はつかさの家で、ソファーに座りながらお風呂が沸くのを待っていた。
「本当にタイムマシンなんて出来るのかな~?」
「いつかきっと、出来るんじゃないかな」
ソファーにならんで座っているつかさは、ぱっちりとした二重の瞳をまっすぐテレビに向けている。
長いから、といつも流している前髪がすこしくずれて、毛先が目にかかっているようすにキュンときた。
「あはは、つかさってけっこうそういうの信じるんだね。50年後か~。私たち、おばあちゃんとおじいちゃんになってるかな」
「72歳と70歳だから、すっかりおじいちゃんおばあちゃんだね」
つかさは私に視線を向けて、やわらかく目を細めながらほほえむ。
私はつかさに笑い返し、すこし高い位置にある肩に頭を乗せた。
70代の私たちなんて、想像がつかない。
でも、そのときもあたりまえみたいに、つかさがとなりにいたらいいなぁ。
そんなふうに考えていると、テレビから
《もしかすると、タイムマシンを“買う”なんて日常も、未来にはやってくるかもしれませんね》
「あはは、もし未来でタイムマシンを買ったら、私たち、過去にもどってきたりするのかなぁ?」
「……ど、どうだろうね」
空想話に花を咲かせる……ところで、浴室があるほうから短いメロディーが聞こえた。
「あ、お風呂沸いたみたい。
「うん、そうしよっかな」
つかさの問いかけにうなずいて、朝のうちにつかさの家に置いておいた着替えを取りに立つ。
遊園地でいっぱいはしゃいだから、地味に汗をかいているかもしれない。
シャワーを浴びてさっぱりしよう、と私はお風呂セットを持って脱衣所へ向かった。
それはお風呂上がりのこと。
以前つかさの家へ泊まりに来たとき、ドライヤーがあると聞いたから、それを探すために洗面台の下の扉を開けたところ、奇妙な物を見つけた。
まるで隠すように、様々な洗剤の裏に置かれていたのは、一目で子ども向けとわかる、かわいいひよこが描かれた時計。
私は首をかしげながら時計を手に取って、明かりのもとに引っぱり出す。
「なんだろう、これ。つかさが子どものときに使ってた時計、とかかな……?」
大人になった今でも持ってるなんて、大切なものなのかもしれない。
雑にあつかわないよう気をつけなきゃ、とその時計を両手で持ち直したとき、カチッと、時計の裏にあるボタンのようなものを押してしまった感触がした。
****
――テテンテテンテテン
耳元で聞こえたアラームの音に起こされて、「うぅ……ん」と声をもらしながら右に左に手を動かす。
スマホを探してシーツの上をなぞっていると、指先に硬い物が当たった。まぶたを開きながら、にぎりこんだスマホを顔の前に持ってきてアラームを止める。
ロック画面に表示された時刻は8時0分。
どうやら、昨日のために設定したアラームを切り忘れていたらしい。
「ふわ~ぁ……おはよう、つかさ……」
体を起こしながら、となりに寝ているはずのつかさに声をかけて、「あれ?」とまばたきをした。
視線を向けた先に、つかさがいない。
先に起きたのかな、とあたりを見回して、目を見開く。
白とベージュでまとめたこの部屋は、慣れ親しんだ私の部屋だった。
「え? あれ? 私、家に帰ってきたんだっけ……?」
パチパチとまばたきをくり返しながら、記憶をたどる。
昨日、つかさの家に泊まるという予定を変えて家に帰ってきた覚えはまるでない。
っていうか、そもそもお風呂に入ったあとの記憶がない。
私、いつのまに寝たんだろう……?
首をかしげてみても、記憶はよみがえらない。
しょうがないから、私は[おはよう]とつかさにメッセージを送って、寝室を出た。
キッチンで目覚めの水を飲んでいると、つかさから返信がくる。
[おはよう! 今日は9時に家へむかえに行くからね]
「え? 今日も?」
日曜日とは言え、なにか約束してたっけ? とまた首をかしげた。
特にそんな記憶はないけど、今日もつかさに会えるなら、それはそれでうれしい。
もともと昨日はつかさの家に泊まるはずだったんだし。
昨日とおなじ9時にむかえが来る、というのを今一度トーク画面で確認して、私は朝食の準備と、出かけるための身支度を始めることにした。
約束の9時ちょうど。ピンポーンとインターホンが鳴って、バッグを肩に下げながら玄関に向かう。
ドアノブを押して「はーい」と扉を開くと、目の前にバラの花束が現れた。
「誕生日おめでとう、江奈」
「えっ?」
顔を上げると、マンションの
それは、昨日の朝とそっくりおなじ光景だった。
「え……えと、つかさ? 私の誕生日は昨日だよ? またお祝いしてくれるのはうれしいけど……」
スマホをつかんで出てきた手を顔の前に移動させたつかさは、じっとスマホの画面を見つめたあとに、眉を下げて私にスマホを見せてきた。
「9月20日……今日が江奈の誕生日でまちがいない、よね?」
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