2,イケメン総長さまの本性は。―後―

約2,900字(読了まで約8分)



「ん……」


 ぐっすりと眠りに落ちていた意識が浮上して、ぼんやり目を開ける。
 見なれない天井をながめながら、保健室に来たんだっけ、と記憶をたぐりよせた。
 適当な仮病(けびょう)でベッドを借りたあと、どうせ時間をつぶすなら、と横になって寝たのだけど、今は何時になったのか。

 体を起こして、手ぐしで髪をととのえながら閉じた仕切りカーテンを開けると、となりのベッドに天草(あまくさ)が座っていた。


「あ、起きた? おはよう」


 思考を停止して、キラキラとしたさわやかな笑顔と見つめ合うこと数秒。


「……なんでいんの」


 思わず低い声がもれる。
 あからさまに いやな顔をしたからか、天草は苦笑いして立ち上がった。
 ベッドのあいだというせまい空間では距離が近くて、唯一の逃げ場である壁ぎわに数歩ズレる。


氷室(ひむろ)さんは“べつの子えらんで”って言ったけど、今の遊魁(ゆうかい)は学期ごとにくじ引きで姫を決めるのが絶対のルールなんだ」

「あんた、総長なんでしょ。だったらそのルールも変えればいいじゃん」

「俺はまだ総長になったばっかりで、伝統を変えられるほどの力はないから」

「あっそ。でも私、姫にも遊魁(ゆうかい)にも興味ないし、めんどくさそうなことはごめんだから」


 腕を組んで、すこし高い位置にある天草の顔を見ると、天草はこまったように笑った。


「集会でも言ったけど、姫になっても義務とかはないんだよ? いやなことがあれば配慮(はいりょ)するから、姫になりたくない理由、聞かせてくれない?」

「……はぁ」


 顔をそむけてため息をついてから、私は“姫になるのが いやな理由”をならべる。


「私、空気読んで合わせるとかムリだから。集団に所属するなんて、めんどうなことは いや。それに、あんた」


 天草に視線をもどすと、眉を下げたほほえみ顔で見つめ返された。
 文句を言われても、こうやって笑うところとか、特にそうだ。


「ニコニコしながら、言葉をえらぶタイプでしょ。私とは合わないよ。昔そういう子と友だちだったけど、ケンカ別れしたし」


 じっと目を見て言えば、天草は目を丸くする。
 できるだけ愛想(あいそ)よく、人と衝突(しょうとつ)しないように生きる人。一方の私は、愛想とかどうでもよくて、自分の意見をがまんせずに言う人間だから。


「あー、俺が問題かぁ……」


 苦笑いしてほおをかく天草を見て、「そ」と目を()せた。


「根本的なちがい。わかったでしょ、そこ通して」


 ベッドから離れるには天草の前を通らなきゃいけない。
 でもそんなにすき間がないから、天草にどいて道を作ってもらうのが一番スマートだ。
 保健室の先生は今不在みたいだけど、まぁ勝手に教室にもどっても問題ないでしょ。

 目を開けて、保健室のなかを見まわしたあとに天草を見ると、口角を上げたまま視線を返される。


「うん、わかった。だったら俺が言葉をえらばなかったら、姫になってくれる?」

「はぁ?」


 なに言ってんの、と半目になれば、天草は道をあけるどころか、一歩二歩と私に近づいてきた。
 うしろに下がりたくても もうスペースがないし、眉をひそめてただ見ていると、顔の横に伸びてきた手が壁にふれて、笑顔の天草が近距離から私を見下ろす。


「正直くじの引きなおしくらいならできるけど、冷那(れな)ちゃんかわいいし、やりなおしとかしたくない」

「……はっ?」

「体育館で見たときも美人だと思ったけど、寝顔はトゲがなくて特にかわいかったし、笑ったらかるく()れそうなくらいかわいい気がするんだけど」

「な、なに言ってんのあんた!?」


 天草とは思えない言葉が飛び出してきて、盛大に目を見開いた。
 ってか、人が寝てるとこ勝手に見たの!? 性格120点とか うそじゃん!
 かぁっと顔が熱くなるのを感じていると、天草が目を丸くして、さらに顔を近づけてくる。


「赤くなった顔超かわいい。ねぇ、姫になってよ。冷那ちゃん彼女にして、合法的にいろんなことしたい」

「近いしワードチョイスが変態なんだけどっ! あんた性格変わりすぎじゃない!?」


 顔をそむけながら天草の胸を押したものの、ぜんぜん離れてくれる気配がない。
 “性格120点の極上男子”帰ってこい、と思いつつ横目に天草を見ると、やたらキラキラした見た目だけはさわやかな笑顔がそこにあった。


「いいやつのフリしてたほうがモテるから。俺、かわいい女の子大好きなんだよね。でも言葉えらんでたら付き合うとこまで持ってけなくて」

「はぁ!?」

遊魁(ゆうかい)の姫制度、楽しみにしてたんだ。空気とか読まなくていいからさ、ただ俺と付き合おう?」

「なにその告白のしかたっ!」


 ツッコミどころ満載(まんさい)すぎて頭がおかしくなりそう。
 天草ってただの女好きだったわけ!?


「俺と一緒にいてくれるだけでいいよ。むしろかわいい女の子独り占めにできて最高だし」

「だ、だから姫とか興味ないって言ってるでしょ!?」

「俺はすごく興味ある。冷那ちゃんの顔めちゃくちゃ好きだし。いろんな表情(かお)見せてほしいな。私服とか、コスプレ姿も」

「変態かっ!」


 もし姫になったらとんでもない目に()うんじゃないの、私!?
 ほてった顔の熱が冷めないまま、天草の胸を押す手に力をこめる。


「だいたい、顔が好きとか言われても反応にこまるし! あんたのことが好きな女子も、かわいい女子もたくさんいるんだから、他の子えらべばいいでしょっ!」

「でも俺の本音聞いてふつうにしゃべってくれるの、冷那ちゃんくらいじゃない?」


 たしかに、と思って思わず力が抜けてしまった。
 こんな本性を見て、“性格120点の極上男子”に惚れてる女子たちは引かずにいられるだろうか。
 いやぁ……。

 乾いた笑みが浮かぶと、天草からも「ははっ」とさわやかな笑い声がする。


「っていうか、俺が総長だし、俺が絶対だから。本当は冷那ちゃんの許可とらなくても、冷那ちゃんが姫っていうのはもう決まってることなんだよ」

「はぁ!?」

「だから、ね」


 思わず天草をガン見した私のほおに手をそえて、天草は目を伏せた。
 せまる顔を見て、とっさにギュッと目をつぶった私の口に、なにかがふれる。
 パッと目を開けると、視界いっぱいにまぶたを閉じた天草のきれいな顔が映った。

 数秒間、停止していた思考が動き出して、なにをされたか理解したころに、天草は顔を離して(あや)しくほほえむ。


「俺の彼女にキスしたっていいの」

「……」


 尋常(じんじょう)じゃないほどに、心臓がうるさく鳴っている。
 今までに感じたことがないくらいの熱が顔に集まって、声が出るまでにすこし時間がかかった。


「……天草の彼女になるなんて言ってないしっ!」


 そう言い放っていきおいよくしゃがみ、体がぶつかるのもかまわずに、天草の腕の下を走り抜ける。
 急いで保健室の扉に向かう私のうしろから、のんきな声が聞こえた。


「あっ。爽太郎って呼んでよ、冷那ちゃん」

「呼ぶわけないでしょ!」


 走って廊下(ろうか)に逃げ出す私を、もうひとつの足音が追いかけてくる。
 あんな男の姫になったら、なにをされるか わからない!
 手の甲で口を押さえながら、私は熱い顔を冷ますように、とにかく走り続けた。

 ――私が女好き男に捕まるまで、あと、もうすこし。


[終]
ありがとうございます💕

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