2,イケメン総長さまの本性は。―後―
「ん……」
ぐっすりと眠りに落ちていた意識が浮上して、ぼんやり目を開ける。
見なれない天井をながめながら、保健室に来たんだっけ、と記憶をたぐりよせた。
適当な
体を起こして、手ぐしで髪をととのえながら閉じた仕切りカーテンを開けると、となりのベッドに
「あ、起きた? おはよう」
思考を停止して、キラキラとしたさわやかな笑顔と見つめ合うこと数秒。
「……なんでいんの」
思わず低い声がもれる。
あからさまに いやな顔をしたからか、天草は苦笑いして立ち上がった。
ベッドのあいだというせまい空間では距離が近くて、唯一の逃げ場である壁ぎわに数歩ズレる。
「
「あんた、総長なんでしょ。だったらそのルールも変えればいいじゃん」
「俺はまだ総長になったばっかりで、伝統を変えられるほどの力はないから」
「あっそ。でも私、姫にも
腕を組んで、すこし高い位置にある天草の顔を見ると、天草はこまったように笑った。
「集会でも言ったけど、姫になっても義務とかはないんだよ? いやなことがあれば
「……はぁ」
顔をそむけてため息をついてから、私は“姫になるのが いやな理由”をならべる。
「私、空気読んで合わせるとかムリだから。集団に所属するなんて、めんどうなことは いや。それに、あんた」
天草に視線をもどすと、眉を下げたほほえみ顔で見つめ返された。
文句を言われても、こうやって笑うところとか、特にそうだ。
「ニコニコしながら、言葉をえらぶタイプでしょ。私とは合わないよ。昔そういう子と友だちだったけど、ケンカ別れしたし」
じっと目を見て言えば、天草は目を丸くする。
できるだけ
「あー、俺が問題かぁ……」
苦笑いしてほおをかく天草を見て、「そ」と目を
「根本的なちがい。わかったでしょ、そこ通して」
ベッドから離れるには天草の前を通らなきゃいけない。
でもそんなにすき間がないから、天草にどいて道を作ってもらうのが一番スマートだ。
保健室の先生は今不在みたいだけど、まぁ勝手に教室にもどっても問題ないでしょ。
目を開けて、保健室のなかを見まわしたあとに天草を見ると、口角を上げたまま視線を返される。
「うん、わかった。だったら俺が言葉をえらばなかったら、姫になってくれる?」
「はぁ?」
なに言ってんの、と半目になれば、天草は道をあけるどころか、一歩二歩と私に近づいてきた。
うしろに下がりたくても もうスペースがないし、眉をひそめてただ見ていると、顔の横に伸びてきた手が壁にふれて、笑顔の天草が近距離から私を見下ろす。
「正直くじの引きなおしくらいならできるけど、
「……はっ?」
「体育館で見たときも美人だと思ったけど、寝顔はトゲがなくて特にかわいかったし、笑ったらかるく
「な、なに言ってんのあんた!?」
天草とは思えない言葉が飛び出してきて、盛大に目を見開いた。
ってか、人が寝てるとこ勝手に見たの!? 性格120点とか うそじゃん!
かぁっと顔が熱くなるのを感じていると、天草が目を丸くして、さらに顔を近づけてくる。
「赤くなった顔超かわいい。ねぇ、姫になってよ。冷那ちゃん彼女にして、合法的にいろんなことしたい」
「近いしワードチョイスが変態なんだけどっ! あんた性格変わりすぎじゃない!?」
顔をそむけながら天草の胸を押したものの、ぜんぜん離れてくれる気配がない。
“性格120点の極上男子”帰ってこい、と思いつつ横目に天草を見ると、やたらキラキラした見た目だけはさわやかな笑顔がそこにあった。
「いいやつのフリしてたほうがモテるから。俺、かわいい女の子大好きなんだよね。でも言葉えらんでたら付き合うとこまで持ってけなくて」
「はぁ!?」
「
「なにその告白のしかたっ!」
ツッコミどころ
天草ってただの女好きだったわけ!?
「俺と一緒にいてくれるだけでいいよ。むしろかわいい女の子独り占めにできて最高だし」
「だ、だから姫とか興味ないって言ってるでしょ!?」
「俺はすごく興味ある。冷那ちゃんの顔めちゃくちゃ好きだし。いろんな
「変態かっ!」
もし姫になったらとんでもない目に
ほてった顔の熱が冷めないまま、天草の胸を押す手に力をこめる。
「だいたい、顔が好きとか言われても反応にこまるし! あんたのことが好きな女子も、かわいい女子もたくさんいるんだから、他の子えらべばいいでしょっ!」
「でも俺の本音聞いてふつうにしゃべってくれるの、冷那ちゃんくらいじゃない?」
たしかに、と思って思わず力が抜けてしまった。
こんな本性を見て、“性格120点の極上男子”に惚れてる女子たちは引かずにいられるだろうか。
いやぁ……。
乾いた笑みが浮かぶと、天草からも「ははっ」とさわやかな笑い声がする。
「っていうか、俺が総長だし、俺が絶対だから。本当は冷那ちゃんの許可とらなくても、冷那ちゃんが姫っていうのはもう決まってることなんだよ」
「はぁ!?」
「だから、ね」
思わず天草をガン見した私のほおに手をそえて、天草は目を伏せた。
せまる顔を見て、とっさにギュッと目をつぶった私の口に、なにかがふれる。
パッと目を開けると、視界いっぱいにまぶたを閉じた天草のきれいな顔が映った。
数秒間、停止していた思考が動き出して、なにをされたか理解したころに、天草は顔を離して
「俺の彼女にキスしたっていいの」
「……」
今までに感じたことがないくらいの熱が顔に集まって、声が出るまでにすこし時間がかかった。
「……天草の彼女になるなんて言ってないしっ!」
そう言い放っていきおいよくしゃがみ、体がぶつかるのもかまわずに、天草の腕の下を走り抜ける。
急いで保健室の扉に向かう私のうしろから、のんきな声が聞こえた。
「あっ。爽太郎って呼んでよ、冷那ちゃん」
「呼ぶわけないでしょ!」
走って
あんな男の姫になったら、なにをされるか わからない!
手の甲で口を押さえながら、私は熱い顔を冷ますように、とにかく走り続けた。
――私が女好き男に捕まるまで、あと、もうすこし。
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