3,本物王子には敵 わない ―下―
幼いころ、
『そっか……それはさみしいね。それならさきちゃん、明日は ぼくのおうちに来ない?』
『おうがくんの、おうちに……?』
『うん。ぼくといっしょにいれば、さみしくないよ。お父さまとお母さまが帰ってくるまで、ぼくといっぱいあそぼう』
『……! うんっ。さき、おうがくんと いっしょにいる!』
かがやきをおおい隠すくもから顔を出した太陽のように、キラキラした顔に変わった彩姫が胸に飛びこむと、王賀は彩姫をギュッと抱きとめる。
『さきちゃんのなみだは、ぜんぶぼくが晴らしてあげる。さきちゃんが いつもかわいい えがおでいられるように……ぼくはさきちゃんと、ずっといっしょにいるよ』
顔を上げれば、いつもやさしい笑顔を浮かべて、彩姫をまっすぐ見つめてくれていた王賀は、彩姫にとって、絵本から飛び出した王子さまのようだった。
それが、成長するにつれてひねくれていったのは……まぁ、彼なりの理由があるようだが。
ときはもどり現在、彩姫はあこがれの“王子さま”を見つめて、ワクワクと目をかがやかせる。
「……彩姫は、“かっこいい王子さま”にはなれないよ」
その期待に反して、目を
「ど、どうして!?」
「だって、彩姫は泣き虫だろ」
ツンとしたようすで、王賀はナイフとフォークを動かし、料理を口に運ぶ。
彩姫はすこし前のめりになって、目を合わせない王賀を見つめた。
「そ、それは昔の話で……が、学校のみんなだって、よくかっこいいって言ってくれるんだよ!」
「俺にはかっこよく見えないね」
「っ……王賀くんは、イジワルだ……」
瞳をうるませた彩姫は、唇を固く閉じてうつむく。
幼少期、王賀という“王子さま”を間近で見てきた彩姫の夢は、王賀のように、“かっこいい王子さま”になることだった。
はた目から見れば、その夢はもう叶っている、と言えなくもない。
しかし彩姫にとっては、王賀に認められることが、夢の達成に必要なゴールだった。
王賀は一度カトラリーを置いて、うつむいている彩姫を見つめる。
「王子さまごっこ、もうやめろよ。彩姫には絶対
「……っ、いやだ……」
「なんで」
眉をひそめる王賀から発せられた声は、すこしキツイひびきをはらんでいた。
彩姫はうつむいたまま、ギュッと目をつぶって、カチャンと音を立てながらカトラリーを置く。
「だって……! 私も王賀くんにおとらない、かっこいい王子さまになって、王賀くんのとなりに立ちたいんだ! 王賀くんが……大好きだからっ」
「……はぁ。あのさ、彩姫だってもう高2だろ? 俺たちは小さな子どもじゃなくて、大人になろうとしてる婚約者なんだ」
王賀は
「好きな“お兄ちゃん”のマネをしたいとかじゃなくてさ。……結婚相手の男として、俺を見ろよ」
「……ぇ?」
ポカンと目を見開いて、彩姫は小さな声をもらす。
数秒固まったあと、いきおいよく顔を上げた彩姫の目には、“想い人を振り向かせたい”と必死になるあまり、眉根を寄せている王賀の姿が映った。
彩姫は目を丸くしたまま、王賀の
「お、“お兄ちゃん”だなんて、思っていないよ。昔から、王賀くんは私のかっこいい王子さまだ」
そこまで言っておどろきから抜け出した彩姫は、前のめりになって、ほおを赤く染めながらまっすぐに王賀を見つめた。
「私は王賀くんと手をつないだり、キスをしたり、私たちの子どもを育てたりしたい。……でも、泣き虫の私じゃ、王賀くんに似合わないから……」
しゃべりながら、いきおいと視線を落とした彩姫は、またうつむく。
「王賀くんみたいなかっこいい王子さまになって、王賀くんのとなりに立てる人になりたいんだ」
「……」
しおらしく真意を明かした彩姫を見つめ、王賀はおどろきに全身を支配されたように、ポカンとしたまま しばらく固まった。
彩姫と王賀は、長いあいだ おたがいの真意を知らずに、すれちがっていたのだ。
「……ふはっ。そんなこと考えてたのかよ」
おどろきから抜け出した王賀は、くしゃっと表情をくずして笑う。
王賀の笑い声を聞いた彩姫は、目を丸くしながら顔を上げた。
「お、王賀くん……?」
「俺に見合う子になりたくて、彩姫は王子になろうとしてたの?」
王賀はテーブルに ほおづえをつきながら、もう何年も見せることのなかった、やさしいほほえみを浮かべる。
彩姫は ほおを赤くして、「う、うん」とコクコクうなずいた。
「王子さまのとなりに立つのは、お
王賀はニッと、
「“かっこいい王子さま”の座は、ゆずらないから」
「……っ!」
彩姫の瞳は、大きく見開かれた。
バクッ、バクッと体の内から外までひびかんとする、はげしい
そんな状態に彩姫を追いやった王賀は、口角を上げたまま目を閉じて、ため息混じりにこぼす。
「どんどんナナメに走って行くから、俺の婚約者としての自覚がないのかと思った」
「そ、そんなことないよ! 私は昔から王賀くんが大好きだもんっ」
あわてて言い返した彩姫に視線を向け、王賀はやわらかい笑みを浮かべた。
「そ。俺も彩姫が大好き」
「!」
「彩姫がちゃんと俺を結婚相手として見てるなら……もう、キスしてもいいな?」
「……え?」
きょとんとする彩姫をよそに、王賀はイスから立ち上がって、テーブルのふちをなぞるように歩く。
一歩一歩近づいてくる王賀を見ながら、先ほどの言葉を理解した彩姫は、顔を真っ赤にしてあたふたと手を振った。
「お、王賀くん、待っ……!」
「はい、お口チャック」
彩姫のあごにふれ、イジワルに目を細める王賀を見て、彩姫は思わず口を閉じる。
ふっと笑みをこぼした王賀は、まぶたを閉じて彩姫に――……キスをした。
「お、おおお、王賀、くん……っ」
「彩姫は昔からずっと、俺のお姫さまだ。……これからもちゃんと、“お姫さま”でいるよーに」
王賀は、今にも湯気を出しそうな彩姫に近づき、コツンとひたいを合わせてほほえむ。
ぐるぐると目を回しながら、彩姫は「は、はい……っ」と
あこがれの男の子のように、かっこいい王子さまを目指した1人の女の子。
しかし……本物の王子さまには、
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