1,本物王子には(かな)わない ―上―

約2,000字(読了まで約6分)


 ここは花もはじらう可憐(かれん)乙女(おとめ)が、日々送迎(そうげい)の車に乗って通う高等学校。
 いわゆる、お(じょう)さま学校のひとつ。


「あ……」


 掃除(そうじ)の行き届いた教室の床に、シャープペンシルが転がり落ちると。
 すくっと立ち上がった細身の女子が、床にひざまずいてシャープペンシルを拾い上げる。


「どうぞ、お嬢さん」

「あ、ありがとうございます、若王子(わかおうじ)さま……っ」

「どういたしまして。気をつけてね」


 トイレの手洗い場に立って、かがみを見つめながら結った髪に手をそえる女子あれば。


「いやだ、髪がほつれてる……」

「私にまかせて。結びなおしてあげる」

「わ、若王子さま!? あ、ありがとうございます……っ」


 振り向いて目を見開く彼女に美しくほほえみかけ、細い指でシュシュを外して髪をすく。


「はぁ……重いわね……」


 休み時間の廊下(ろうか)に、段ボール箱を(かか)えてゆっくり歩く先生を見つければ。


「私にまかせてください、先生」

「わ、若王子さん? まあ、ありがとう、力持ちね」


 代わりに段ボール箱を抱えて、ニコリと笑みを返す。

 日が暮れ、「ごきげんよう」とあいさつを交わしながら校舎を出る可憐な乙女たちに混じって、スラリとした足で姿勢(しせい)よく歩く彼女は。


「「ごきげんよう、若王子さま」」

「ごきげんよう。また明日会おうね」


 振り向いて笑みを浮かべ、手を振るだけで「きゃぁっ」と黄色い悲鳴(ひめい)を上げさせる、高等部2年、若王子(わかおうじ)彩姫(さき)だ。


「今日もステキ……どうして若王子さまはあんなにお美しく、かっこいいのかしら……」

「まるで現代に生まれた王子さまだわ……」


 ほぅ、とため息をもらして、うっとり彩姫を見つめる乙女たちのささやきに気づくことなく、彩姫はむかえに来た車に乗りこむ。
 赤い唇のはしをすこし持ち上げてごきげんに、パッチリと開いた理知的な青い瞳は、なにかを探してガラス窓の向こうを見つめた。
 白い鼻にかかった長い前髪は、彩姫が顔を動かすたびにすこしゆれる。彩姫の(りん)とした美貌(びぼう)をなによりも“かっこよく”引き立たせているのは、頭部を丸く包み、えりあしで はねた青いショートヘアだ。

 動き出した車が10分程度走行を続け、高層マンションのエントランス前に止まると、彩姫はスクールカバンを持ち、後部座席から降りた。


「今日もありがとう。明日もおなじ時間によろしくね」

「はい、お嬢さま」


 シワひとつないスーツに身を包んだ運転手へ、ニコリと笑いかけたあと、彩姫は足取り軽くエントランスに入る。
 コンシェルジュとあいさつを()わし、エレベーターに乗りこんだ彩姫は、4、5、と上階が近づくにつれて、落ちつきなくカバンを持ちなおした。
 チン、と音を鳴らして目的の階への到着(とうちゃく)を告げたエレベーターの扉が開くと、彩姫は早足で、この階に1つしかない玄関扉へと近づく。

 カチャ、と玄関を開けてから、かわぐつを脱ぎ、リビングにかけこむまで、彩姫は15秒もかけなかった。


「ただいま、王賀(おうが)くん!」


 探し当てた宝物を前にしたように、目をキラキラさせる彩姫の視線の先には、白いかわのソファーに背中を(しず)め、ひじ置きに足を投げ出した男子の姿がある。
 ブレザーの前を開き、第二ボタンが見える瀬戸際(せとぎわ)でネクタイを()め、ベルトをしたズボンからYシャツのすそがチラリと出ているだらしない格好(かっこう)
 に、加えて、口元にそえた手で隠しきれないほど、大口を開けてあくびをしていた彼は、寝転がったまま彩姫を見た。


「ん、おかえり」


 ごらんのとおりだらけきっている彼は、幼少のころから彩姫と婚約関係にある、一条寺(いちじょうじ)王賀(おうが)
 有名企業(きぎょう)をいくつも手がける一条寺財閥(ざいばつ)御曹司(おんぞうし)であり、無造作(むぞうさ)に はねた赤い髪はさておき、勝気そうな性格が見えるつり目に筋の通った鼻。
 眉目(びもく)秀麗(しゅうれい)と言われてとうぜんの容姿に、偏差値の高さで有名な高校でも学年1位をキープし続けて3年の頭脳。女子に告白されることさえ日常の一部にすぎない、完璧な極上男子だ。

 しかしながら――……。


『一条寺くん、好きです……!』

『婚約者がいる男に告白するとか、倫理観だいじょーぶ?』


『一条寺くん、この問題わかった? よければ教えてほしいんだけど……』

『俺がキミに貴重な時間を()いてあげる義理ある?』


 ……と言った具合で、性格は玉にキズ。
 高校に入って修行――1人暮らし――をしたいと両親に願い出た彩姫のお(もり)役として、若王子夫妻にたのまれ、去年から彩姫と2人暮らしをしている。


「王賀くん、聞いて! 今日も私、かっこよく人助けをしたんだ」


 彩姫は王賀のだらけきった姿を気にすることなく、ソファーにかけ寄って、ふわふわのカーペットが敷かれた床にしゃがみこんだ。


「ほつれちゃった髪を結びなおしてあげたり、重い荷物を持っていた先生のお手伝いをしたり」

「あっそー」


 すぐとなりで、先生にほめられたできごとを親に報告する子どものように、無邪気(むじゃき)な笑みを浮かべている彩姫をチラリと見て、王賀は気のない返事をする。
 彩姫はそんな王賀のようすを見ると、眉を八の字にして口角をわずかに下げた。


ありがとうございます💕

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