1,本物王子には敵 わない ―上―
ここは花もはじらう
いわゆる、お
「あ……」
すくっと立ち上がった細身の女子が、床にひざまずいてシャープペンシルを拾い上げる。
「どうぞ、お嬢さん」
「あ、ありがとうございます、
「どういたしまして。気をつけてね」
トイレの手洗い場に立って、かがみを見つめながら結った髪に手をそえる女子あれば。
「いやだ、髪がほつれてる……」
「私にまかせて。結びなおしてあげる」
「わ、若王子さま!? あ、ありがとうございます……っ」
振り向いて目を見開く彼女に美しくほほえみかけ、細い指でシュシュを外して髪をすく。
「はぁ……重いわね……」
休み時間の
「私にまかせてください、先生」
「わ、若王子さん? まあ、ありがとう、力持ちね」
代わりに段ボール箱を抱えて、ニコリと笑みを返す。
日が暮れ、「ごきげんよう」とあいさつを交わしながら校舎を出る可憐な乙女たちに混じって、スラリとした足で
「「ごきげんよう、若王子さま」」
「ごきげんよう。また明日会おうね」
振り向いて笑みを浮かべ、手を振るだけで「きゃぁっ」と黄色い
「今日もステキ……どうして若王子さまはあんなにお美しく、かっこいいのかしら……」
「まるで現代に生まれた王子さまだわ……」
ほぅ、とため息をもらして、うっとり彩姫を見つめる乙女たちのささやきに気づくことなく、彩姫はむかえに来た車に乗りこむ。
赤い唇のはしをすこし持ち上げてごきげんに、パッチリと開いた理知的な青い瞳は、なにかを探してガラス窓の向こうを見つめた。
白い鼻にかかった長い前髪は、彩姫が顔を動かすたびにすこしゆれる。彩姫の
動き出した車が10分程度走行を続け、高層マンションのエントランス前に止まると、彩姫はスクールカバンを持ち、後部座席から降りた。
「今日もありがとう。明日もおなじ時間によろしくね」
「はい、お嬢さま」
シワひとつないスーツに身を包んだ運転手へ、ニコリと笑いかけたあと、彩姫は足取り軽くエントランスに入る。
コンシェルジュとあいさつを
チン、と音を鳴らして目的の階への
カチャ、と玄関を開けてから、かわぐつを脱ぎ、リビングにかけこむまで、彩姫は15秒もかけなかった。
「ただいま、
探し当てた宝物を前にしたように、目をキラキラさせる彩姫の視線の先には、白いかわのソファーに背中を
ブレザーの前を開き、第二ボタンが見える
に、加えて、口元にそえた手で隠しきれないほど、大口を開けてあくびをしていた彼は、寝転がったまま彩姫を見た。
「ん、おかえり」
ごらんのとおりだらけきっている彼は、幼少のころから彩姫と婚約関係にある、
有名
しかしながら――……。
『一条寺くん、好きです……!』
『婚約者がいる男に告白するとか、倫理観だいじょーぶ?』
『一条寺くん、この問題わかった? よければ教えてほしいんだけど……』
『俺がキミに貴重な時間を
……と言った具合で、性格は玉にキズ。
高校に入って修行――1人暮らし――をしたいと両親に願い出た彩姫のお
「王賀くん、聞いて! 今日も私、かっこよく人助けをしたんだ」
彩姫は王賀のだらけきった姿を気にすることなく、ソファーにかけ寄って、ふわふわのカーペットが敷かれた床にしゃがみこんだ。
「ほつれちゃった髪を結びなおしてあげたり、重い荷物を持っていた先生のお手伝いをしたり」
「あっそー」
すぐとなりで、先生にほめられたできごとを親に報告する子どものように、
彩姫はそんな王賀のようすを見ると、眉を八の字にして口角をわずかに下げた。
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