悪女、悪魔に転生する。

5,悪女、九死に一生を()

約2,100字(読了まで約6分)



「「ヒヒーン!」」


 ゴンッというにぶい音と、悲鳴(ひめい)のような馬の鳴き声が上がったのは、ほぼ同時だった。
 あのときのような衝撃(しょうげき)覚悟(かくご)したけど、あたしの体はどこも痛くなくて。


「シーラ、おいで」


 エヴァンのやわらかい声に呼ばれて、おそるおそる顔を上げる。
 あたしの左どなりには、先ほどまではなかった土の壁がそびえ立っていた。
 そしてあたしのうしろには、地上に立って、ほほえみながらあたしに手を差し出しているエヴァンの姿がある。

 助けられたんだって、すぐに理解した。
 自分でもびっくりするくらい体に入っていた力が抜けて、うるっと涙がにじんでくる。


「ぎゃーっ! 悪魔だ!!」

「きゃぁぁぁっ!」


 だけど、すぐに上がった人間たちの悲鳴にビクッと肩がはねて、緊張(きんちょう)がもどった。
 エヴァンはあたしから視線をそらすことなく、眉を下げて笑い、あたしに近づいてくる。
 気づけば腰が抜けて立てなくなっていたあたしは、そばまで来たエヴァンにだっこされて、エヴァンのひとっ飛びでまた屋根の上にもどった。


「シーラ、どうしてあの人間を助けたの?」


 エヴァンは青い空に伸ばした手をクイッとまげて くもを引き寄せながら、あたしと目を合わせる。


「ひかりぇそうなの、みたりゃ、とっしゃに……」


 人間に見つかってさわぎになったし、怒られるかな、と眉を下げると、エヴァンはいつものように、パァッと とろけるような笑顔を浮かべた。


「そっか。シーラはすごくやさしいんだね」

「……!」


 性悪(しょうわる)だとか悪女だとか、罵倒(ばとう)されることはあっても、“やさしい”なんて ほめるように言われたのは初めて。
 じゅわっとほおが熱くなって、どんな反応をしたらいいのかわからなくなる。
 視線を落としてキュッと口を閉じると、大きな温かい手で頭をなでられた。


「……っ、あのおばしゃんの、たまちい、とりゃなくて、いーの?」


 心がくすぐったくて、目をつぶりながら話を変えれば、エヴァンは「あぁ」と答える。


「あの人間は馬車に()かれて死ぬはずだったんだけど、シーラが助けたから、あれの収穫(しゅうかく)はいいかな」

「えっ?」


 あれが死因でタマシイが手に入るはずだったの!?
 あたし、完全によけいなことしたじゃん!
 っていうか……!


「なんで、ひかりぇりゅって、わかってたの」


 顔を上げて聞けば、エヴァンは目の前まで降りてきた くもに飛び乗って、ニコ、と笑った。


「走ってくる馬車と、横道であそんでる幼体たちが見えたから。あの幼体たちが通りに出てくるタイミングで馬車が通りかかりそうだなって」

「え」

「そうしたら、馬車は幼体たちを()けて道のはしをかすめる。そのとき逃げ遅れるのは、足をわるくしているあの人間だろうって予測したんだよ」

「……」


 ポカン、と空いた口がふさがらない。
 どうして馬車と子どもたちを見ただけで、そこまで予想できるのか。


「……えばん、てんしゃい?」

「ふふっ、シーラも もうすこし大きくなったら わかるようになるかな。悪魔はそういう生き物だから」

「しょーなんだ……」


 悪魔って、万能(ばんのう)すぎじゃない?
 はは、と乾いた笑みが浮かぶあたしに、エヴァンは半とうめいのふわふわした球を2つ差し出す。


「こりぇ……」

「あの馬車を引いていた馬のタマシイだよ。人間のものよりすこし質は落ちるけど、今日の収穫。せっかくだから食べてごらん」

「あ……」


 あの馬たち、死んじゃったんだ。
 エヴァンがあたしを助けるために作った、土の壁にぶつかったんだもんね……。
 なんの罪もないのにかわいそう、と思いながらも、いつもの空腹をあおるいい匂いがして、ごくりと のどが鳴った。

 エヴァンからタマシイを1個受け取って、カプッとかじりつく。
 わたあめのように、口に入れたらすぐ溶けていくそれは、寝起きに飲んだ水のごとく、体中に()み渡ってあたしを満たした。
 料理のように、味を感じる、というのとはまたちがう感覚。

 体が、本能がよろこぶ“おいしさ”。


「ほぁ……」

「ふふっ、もう1個も食べていいよ」


 体が求めるままにかじりついて、かじりついて、あっというまに1個食べ切ってしまったあたしに、エヴァンがもう1個のタマシイを渡す。
 がまんができずに、そのタマシイさえもすぐ食べつくしてしまったあたしの頭を、エヴァンがそっと なでた。


「もっと食べる?」

「……うん」

「それじゃあ、早く家に帰ろうか。家にはたくさん人間のタマシイが保管されてるからね」

「ん」


 あたしはこくりとうなずいて、エヴァンのシャツをつかむ。

 タマシイを調達する方法は、思っていたものとはちがった。
 あたしにはエヴァンが言う、死にそうな人間の予測もできる気がしないし、だれかがピンチの瞬間をだまって見ていることもできそうにない。
 1回死んだって、直らないクセだもの。

 だから、あたしはまだしばらく、家族に甘えていよう。


「えばん、たしゅけてくりぇて、ありがと」

「シーラは俺の大事な妹だから、とうぜんだよ」


 あたしはほおが熱くなるのを感じながら、“お兄ちゃん”の胸に頭をあずけて、青く澄み渡った空をながめた。
 これからはすこし、一途(いちず)な好意を向けてくる家族とも、うまく付き合っていけそうだ。


[終]
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