男装して騎士団に入ったら、2人の天才に愛されて困ってるんですが。

14,シャノンを愛する2人の男

約2,600字(読了まで約7分)



「アリスター団長。婚約に引き続き、抜け駆けとは、ひきょうですね。俺が知っているあなたは、正々堂々と戦う方だったはずですが?」

「の、ノア……っ」

「ズルをしたつもりはない。僕はいつだって、正面から戦っているさ」


 開いた扉の向こうから姿を現したノアを見て、なぜか悪いことをした気分になる。
 私を挟んで、ノアとアリスターがバチバチと視線を(まじ)える音が聞こえてきて、いたたまれなくなった。

 ……いやいや、私が気まずい思いをする道理なんてないはずでしょ!?


「ならば、シャノンを渡してください。密会はもう充分でしょう?」

「いいや、ノアがとちゅうで入ってきたせいで、大事な答えを聞けていない」

「ほう、さぞかし大切なお話をしたようですね」

「あぁ、婚約を続けないかと提案した。どうやら僕は嫌われていないようだからな」

「なんですって……?」


 やめて、もうやめて……!
 ノアの視線が痛いって! アリスターの甘い視線も気まずいって!
 困るよこんなの!


「シャノン。まさかアリスター団長を選ぶつもりか?」

「ノアよりも、僕を選んで欲しい。僕は誰よりもきみを大切にして、誰よりもきみを愛すると誓える」

「シャノンを一番愛しているのは俺だ。アリスター団長よりも甘やかしてやる。だから、俺を選べ」

「ちょ、ちょっと待って……っ!」


 うしろからも、前からも(せま)られて、変な汗が止まらない。


「2人に愛されても困りますって! 恋愛初心者の私に選べるわけがないんですから、2人とも諦めてくださいっ!」

「アリスター団長が間に入ってきたせいで、シャノンが抵抗しているじゃないですか。別の女性を見つけてください」

「それは聞けない相談だな。僕にはシャノンしかいない」

「俺の心に入り込んだのも、シャノンだけです」

「私を挟んで言い合いしないでください!」


 それも困る内容ばっかり!
 逃げ出そうにも、お腹と腰にそれぞれ腕を回されているから、物理的に逃げ道がないし!
 私にどうしろって言うの!?

 私の要求を一蹴して、今度は私の好きなところを競うように話し出した2人に赤面して耐えていると、ノアを連れ戻しに来たトムたちが顔を出して。
 アリスターも私もそろって酒場に連れ戻されたけれど、先ほどの2人の口論を聞いているよりも、さわがしい店内にいるほうがましだった。

 私はトムたちを隠れみのにすることで、ノアからもアリスターからも逃げて、その後、無事に一夜を明かしたのだった。

 その代償(だいしょう)なのか、それからノアとアリスターのアプローチがどんどん情熱的になっていったことからは、切実に目を背けたい……。


****

 ――ヘタレなお兄さまが見つかったと、アリスターから話を聞いたのは、あの騎士団対抗戦から1年後のこと。
 私は本来の性別だけを隠して、お兄さまが(しっ)そうしたから、お兄さまのフリをして騎士団に入ったことを明かし、騎士団を退団した。

 私がいないなら騎士団にいる理由がないと言い放ったノアも傭兵(ようへい)に戻り、マリーゴールド騎士団はひどく弱体化してしまったのだけれど……。
 団長であるアリスターは、まったく気にしていないようだ。
 それはもしかすると、トムやネイサン、ニック先輩を筆頭として、団員みんなが成長を見せているからかもしれない。


「シャノン、そいつを仕留めろ」

「はいはい……!」


 ノアと魔物狩りに来た私は、木々に紛れて飛び回る半鳥人の魔物、ハーピーが近づいてきたところを見計(みはか)らって、剣を振り抜いた。
 腹部に食い込んだ剣は、そのまま魔石をも切り裂いて宙に飛び出る。
 落下しながら霧と化すハーピーをながめながら剣をサヤに収めると、うしろから「ノア!」と大きな声がした。


「また僕の不在を狙って、シャノンを連れ出して……! 魔物狩りはほどほどにしてくれと言っているだろう!」

「義妹と親睦(しんぼく)を深めているだけです。なにか問題でも?」


 涼しい顔をして答えるノアを見て、私たちに追いついたアリスターはため息をついた。
「まったく」という言葉を皮切りに始まった小言の嵐を、私はそっぽを向いて聞き流す。
 実際、あれはノアに向けられたものだし。

 マリーゴールド騎士団をやめたあと、私は結局、だらだらと続けていたアリスターとの婚約を公表することになり。
 カルヴァート侯爵(こうしゃく)家に見合う身分をえるために、ノアの家、エクルストン伯爵(はくしゃく)家の養子になった。
 そこら辺は、まぁ、ノアの強い要望である。


「シャノン、アリスターはすぐ仕事に戻るそうだ。俺と屋敷に帰ろう」

「待て、まだ話は終わっていないぞ!」

「俺からシャノンを奪ったのですから、これくらいは目をつぶってください」


 私がアリスターと結婚することに納得したのかと思えば、ノアはまだこんな調子だし。
 私を取り合うなぞの構図(こうず)は、まだ解消されそうにない。


「兄の立場を利用して、シャノンを好きに連れ回してもらっては困る」

「アリスターは“婚約者”でしょう、兄妹のたわむれくらい、大人しく見ていてください」

「ノアは兄の領分を越えようとするから困るんだ」


 腰に手をついてため息を吐くアリスターに同意して、(ひそ)かにうなずいていると、どこに隠れていたのか、ハーピーが飛び出してきた。
 一番距離が近かったノアが対処しようと動くのをながめていると、いつの間にか、アリスターが私の目の前に来ていて。

「シャノン」と呼んだ唇が、はい、と答えようとする私の言葉を奪う。


「今日は早く帰れそうだから、夜にまた会おう。愛してる」


 甘く笑う顔を見て、ほおが熱を持ったのは言うまでもない。


「アリスター! 俺がいる前で……!」

「想い合う婚約者なのだから、かまわないだろう? 抜け駆けをしているのはノアも同じだ」

「減らず口ですね。いいでしょう、今ここで戦いましょうか」

「ちょっと、アリスターは仕事があるんでしょう? 帰りますよ、ノア」


 とち狂ったことを言い出すノアをなだめて、私はアリスターを逃がした。
 1年も2人の言い合いを聞いていれば、多少慣れる部分はあるものだ。
 ぶつぶつと文句をこぼしているノアを前にしながら、私は手を振るアリスターに、こっそり手を振り返す。

 なんだかんだ試練は絶えないけれど、なんだかんだで、私を甘やかしてくれる味方も2人いるわけだ。
 もちろん、貴族の身分に甘んじて、怠惰(たいだ)な生活をするという私の目標は変わっていない。
 これからも、最大限アリスターとノアに頼って、私はだらだらと生きていく。

 ひとまず、今は……。


「はぁ~、疲れた……」


 早く屋敷に帰って、ソファーでごろごろしたい。


[終]
第4章 人生をかけた騎士団対抗戦

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